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THEとしま遺産 3つの国重要文化財 内容詳細

アバンオープニング

 

テロップ

【重要文化財:】我が国において歴史上、芸術上、学術上価値が高い有形文化財のなかでも特に重要なもの

 

豊島長崎の富士塚の映像

 

テロップ

1979年5月21日

豊島長崎の富士塚

「国の重要有形民俗文化財に指定」

 

ナレーション

1979年5月21日、豊島区高松2丁目、豊島長崎の富士塚

「国の重要有形民俗文化財に指定」

 

自由学園明日館内外の映像

 

テロップ

1997年5月29日

自由学園明日館

「国の重要文化財に指定」

 

ナレーション

1997年5月29日

「国の重要文化財に指定」

 

 

雑司ヶ谷鬼子母神堂,御会式の映像

 

テロップ

2016年7月25日

雑司が谷鬼子母神堂

「国の重要文化財に指定」

 

ナレーション

2016年7月25日

雑司が谷鬼子母神堂。「国の重要文化財に指定」

 

豊島長崎の富士塚、自由学園明日館、雑司ヶ谷鬼子母神堂の移り変わるCG映像

 

ナレーション

この番組は、区内にある3つの国指定重要文化財の歴史をたどり、文化遺産としての価値に改めて光をあて、

特集で紹介します。

 

オープニングタイトル

THEとしま遺産 3つの国重要文化財

 

テロップ

豊島長崎の富士塚

区役所庁舎としまの森から見える富士山の映像

 

ナレーション

豊島区本庁舎10階、豊島の森から見える富士山。

日本人の誰もが、その美しい姿に憧れと畏敬(いけい)の念を抱き、仰ぎ見る霊峰富士。

古来より、神が宿る山として、あまたの人々が、その霊力を得ようと、険しい峰を歩き、頂をめざしました。

 

富士山と富士講写真

 

ナレーション

江戸中期以降、庶民の富士信仰は盛んになり、地域ごとに参詣「仲間」たちが集まり、

「富士講」が結成されました。

 

テロップ

名所江戸百景目黒元不二

名所江戸百景目黒新富士

 

ナレーション

そして、その富士講が中心となり、実際の富士山には登ることができない人々の為にと、

江戸の所々に富士山を模して造ったのが「富士塚」です。

 

豊島長崎富士塚の映像

 

テロップ

豊島長崎の富士塚

長崎富士塚保存会

本橋健さん

 

ナレーション

東京メトロ有楽町線千川駅からおよそ徒歩7分のところにある浅間神社。

その奥に富士講の一派、月三椎名町元講によって、文久2年、1862年頃の築造と伝えられる

長崎富士塚があります。

高さ約8メートル、直径約21メートルで、塚全体が富士から運んできた黒い熔岩でおおわれています。

保存のため、いつもは公開されていない富士塚の中を、実際に案内して頂きました。

 

 

テロップ

太郎坊大権現碑

鳥天狗、大天狗、烏帽子岩

 

 

ナレーション

富士塚に一歩足を踏み入れるとシンとした空気に包まれます。

山頂への道中には、登山道の合目石や月三講の講碑、太郎坊大権現碑や烏天狗、大天狗、烏帽子岩など

築造当時の碑等が多く残存し、他に明治期以後の講碑も見られます。

 

富士塚へ登る映像、道中の石碑の映像、33回記念の石碑お映像

 

本橋源蔵さんの写真

 

ナレーション

この石碑は、富士登山の案内役を務める11代目先達、本橋源蔵さんが富士山への登山を33回成し遂げた

記念に建てられた石碑です。これを機に源蔵さんは大先達の称号を許されます。

 

テロップ

富士講大先達

本橋源蔵さん

実際に本橋源蔵さんが着用していた行衣

大数珠

御三福

 

ナレーション

実際に源蔵さんが富士登山の際に着用していた数々を今回は特別に見せて頂きました。

これは、富士講の法会(ほうえ)の際に、祭壇に掛けられる「御三幅」という貴重な掛け軸です。

実は源蔵さんは大先達にも珍しい33回の富士登山を2度、なんと合計66回も達成しています。

 

66回記念石碑、8合目の石碑、大日如来像の映像

 

テロップ

大日如来像

 

ナレーション

そして頂上の石の祠には源蔵さんが納めた大日如来像が安置されています。本橋さんによると

かつてここからは本物の富士山が望まれたそうです。

江戸時代、「この山をのぼれば、富士山へ登ったのと同じ御利益がある」といわれ、

各地で富士塚が流行りました。

そして富士塚の裏側に回ってみると

 

富士塚雑感実際の富士山からの写真の映像

 

御胎内、御体内歴史資料画像の映像

 

テロップ

御胎内

富士山胎内巡之図

貞秀画 館蔵

提供:豊島区郷土資料館

 

テロップ

1979年5月21日

国指定重要有形民俗文化財に指定

 

 

ナレーション

その先には、実際の富士山にもある御胎内を模した洞穴(ほらあな)がありました。

御胎内をくぐり抜けると生まれ変わる事ができると謂われ、富士山に登る前に、

修験者(しゅげんじゃ)たちが身を清める修行の場です。

江戸の各地に造られた富士塚の中でも、豊島長崎の富士塚は、創建当初の様子をとどめる貴重な富士塚として、

1979年5月、豊島区初の国の重要有形民俗文化財に指定されました。

 

山開き雑感映像

 

テロップ

山開き 2016年7月

 

ナレーション

そして今年7月には山開きが行われました。

大規模修復工事を経て、2014年、50年ぶりに再開された山開き。

一年に一度、富士塚が公開される山開きの日は、高さおよそ8メートルの山頂を目指す参詣客の列が絶えません。

 

 

 

テロップ

平等な小社会

「だれも あなたを 見下ろさない あなたも 人を見下ろさない

敬語もいらない 制服もない だれもあなたを せかさない

だれも あなたに レッテルをはらない

自分で行動する 友人と手をつないで

失敗しても大丈夫 またやればよい

ここに来る人はみな 人格を認められ

協力の相手として 歓迎される

だから今でも 人はここに来るとホッとする

まるで心のふるさとに もどったかのように」

 

ナレーション

平等な小社会

「だれも あなたを 見下ろさない あなたも 人を見下ろさない

敬語もいらない 制服もない だれもあなたを せかさない

だれも あなたに レッテルをはらない

自分で行動する 友人と手をつないで

失敗しても大丈夫 またやればよい

ここに来る人はみな 人格を認められ

協力の相手として 歓迎される

だから今でも 人はここに来るとホッとする

まるで心のふるさとに もどったかのように」

 

羽仁夫妻写真、家庭の友、婦人之友の写真

 

テロップ

羽仁もと子、羽仁吉一

 

ナレーション

日本の女性記者第一号として報知新聞社に勤めていた羽仁もと子と同僚だった羽仁吉一は、

退職後、主婦の立場に立った雑誌「家庭の友」、現在の「婦人の友」を創刊します。

古い「家」の観念に縛られている女性の自主独立を訴え、

主婦に知恵と勇気を与えるのがこの雑誌の目的であり、羽仁夫妻の願いでした。

 

自由学園明日館の映像

 

テロップ

自由学園明日館

 

ナレーション

そして1921年4月、羽仁もと子と羽仁吉一は

現在の豊島区西池袋に女子の自由主義教育を謳う(うたう)女学校を創立します。

学校の名は「自由学園」。そう、現在の「自由学園明日館」です。

 

フランク・ロイド・ライトと遠藤新の写真

 

テロップ

建築家 フランク・ロイド・ライト 遠藤新

 

ナレーション

京都の平等院をイメージする建物を設計したのは当時、帝国ホテルの設計に来日していたアメリカが生んだ

20世紀を代表する建築家、フランク・ロイド・ライトと、その弟子の遠藤新です。

ライトは大地に根付いた建築とするため教室の床と土地の高さを同じにした

ライト特有の「草原様式」の建物を設計します。

 

東側の教室、当時の教室の写真、西側の教室、展示写真・資料などの映像

 

ナレーション

正面入り口から建物内へ入ると、そこは中央棟東に位置する教室です。壁、天井ともに漆喰塗りで、

天井中央部分が両端より高く、勾配がついており、傾斜を活かしたデザインは、軽快感にあふれています。

また西側には開校式に間に合わせる為に建設された最初の教室があります。

ここには1934年に東久留米市へ移転した自由学園本校の資料が展示されています。

 

中央棟ホール、暖炉の映像

 

テロップ

中央棟ホール

 

ナレーション

さらに奥へ進むとそこはキャンパス内で最も広い中央棟ホールです。

2階吹き抜けの空間はドラマチックな造形にまとめられており、入り口を狭め、

一気に広がっていくという空間構成はより開放感を味わうことが出来ます。

穏やかな光と暖炉の温もりに包まれるホールは、昔も今も、楽しげな会話に満ちています。

 

フレスコ画、フレスコ画を描く生徒の写真

 

テロップ

【西側壁面のフレスコ画】旧約聖書「出エジプト記第十三章」を主題にしたもの

 

ナレーション

西側壁面のフレスコ画は、学園創立10周年を記念し、生徒たちによって描かれたものです。

旧約聖書の出エジプト記をモチーフとするその絵は、長く厚い壁に隠されていましたが、

約半世紀の時を経て、保存修復工事の際に、壁の下から発見されました。

 

内階段から中央棟食堂へ移り変わる映像

当時の写真と対比

 

ナレーション

明日館は、建物全体から細部に至るまで、芸術性が高く、計算し尽された美しいデザインで統一されており、

ライトの設計に対する真摯な姿勢が読み取れます。ライトは自由学園を心底愛して造ったのです。

決して自分の才能を安売りしないことで有名だったライトが羽仁夫妻の為に小さな学校の設計をなぜ

引き受けたのでしょうか?

 

羽仁もと子、フランク・ロイド・ライトの写真

 

テロップ

1925年満州建築協会が発行した雑誌のコピー

 

ナレーション

資料によるとライトは、女性を縛る古い慣習と戦うもと子を同志として敬愛していたといいます。

これは近年発見された1925年満州建築協会が発行した雑誌のコピーです。

そこには羽仁夫妻がどんな建物を建てたかったのかが記されていました。

 

記事資料画像接写

 

ナレーション

大正8年にある実業家が文部省の型にとらわれない、設備の完全な女学校を建てる。

 

自由学園明日館の建物外観映像

 

テロップ

1997年5月29日

自由学園明日館

国指定重要文化財

 

ナレーション

夫妻の願いに、建築家・ライトの魂が呼応(こおう)し、生み出された空間は、

まさに「平等な小社会」として、生徒たちを信頼し、自主性を育てる最高の環境でした。

そんな自由学園明日館は羽仁夫妻の死後40年経った1997年、国の重要文化財に指定されたのです。

 

コンサート、結婚式などのイベント写真

 

テロップ

「動態保存」

結婚式の映像、結婚式参列者と明日館の映像

 

テロップ

結婚式

 

 

ナレーション

 

自由学園明日館の特長、それは重要文化財では珍しい建造物を使い続けながら保存していくという

「動態保存」の実践です。見学、公開講座、コンサートなど多くの方に利用されています。

この日は、かつて仕事仲間だったという2人の結婚式。

 

結婚式とインタビュー映像(なぜ明日館で結婚式を?)

インタビューへの回答

高校生のときにこの建物に出会い、ここが私の好きな場所で結婚式をあげるならここと決めていた

窓から入る光が凄く綺麗で、この建物の温かな雰囲気がすごく好きで、私はそれに凄い魅せられて

 

 

ナレーション

 

時代とともに生きる明日館。

自由な教育の場として生み出されたこの空間は

いつの時代も、自由への願いを求める人々を

やさしく迎え入れる場として輝き続けるに違いありません。

 

テロップ

「だから今でも人はここに来るとホッとする まるで心のふるさとにもどったかのように」

「よみがえれ明日館スピリット F.Lライトと自由学園」より

 

 

5月の報告会の映像

 

テロップ

2016年5月

豊島区教育委員会

三田一則 教育長

威光山法明寺

近江正典住職

 

ナレーション

2016年5月。この日、雑司ヶ谷鬼子母神堂でおこなわれた報告会。

挨拶、鏡開きの映像など

 

鬼子母神堂のドリー映像

 

ナレーション

雑司ヶ谷鬼子母神堂の由来は、1561年に鬼子母神像が掘り出され、その尊像(そんぞう)を祀るために、

1578年に村の人々がこの地にお堂を建てたことに遡り(さかのぼり)ます。

古くから安産子安の神様として親しまれ、鬼子母神信仰は江戸時代を通じて

武家から庶民に至まで幅広く浸透し、多くの参詣客(さんけいきゃく)で賑わいました。

 

鬼子母神堂本殿と拝殿の映像

 

テロップ

拝殿

相の間

本殿

 

ナレーション

区内最古の建造物である鬼子母神堂は、1664年、寛文4年に、

広島藩主浅野光晟(あさのみつあきら)公夫人の寄進により建立され本殿の前面に、

相の間を介し、元禄期に造営された拝殿が接続する、権現造り(ごんげんづくり)の複合建築です。

 

鬼子母神堂拝殿、相の間、本殿の映像

 

テロップ

【1664年広島藩主浅野光晟公夫人自昌院殿英信日妙大姉の寄進により建立。1666年に開堂供養がおこなわれ、2016年は開堂350年にあたる】

 

ナレーション

1664年広島藩主浅野光晟公夫人自昌院殿英信日妙大姉の寄進により建立。

1666年に開堂供養がおこなわれ、2016年は開堂350年にあたる

 

 

テロップ

 

安芸様式

威光山法明寺

近江正典住職

軒唐破風

千鳥破風

 

ナレーション

本殿内部は、黒漆喰(くろしっくい)の壁に金箔押しの天井など

大名家建立にふさわしい豪華な造りで、細部を見ると、楕円に流れる梁(はり)の

絵模様(えもよう)は、同時期の広島藩による寺社建築に類例が見られます。

 

鬼子母神堂拝殿と拝殿外観の映像など

 

ナレーション

また本殿の細部に安芸地方の寺社建築の特徴が見られるのに対し、

1700年に建立(こんりゅう)された大型の拝殿は正面向拝(こうはい)の

軒唐破風(のきからはふ)や千鳥破風(ちどりはふ)など、近世寺社建築らしい

装飾性豊かな礼拝空間を創出しています。

 

絵馬と鬼子母神堂雑感

 

ナレーション

本殿、拝殿のいずれも、建築年代が明らかで、江戸時代における、大名家による社寺造営状況や、

拝殿組み物を略式改めるなど、幕府による建築規制への対応過程をよく示しており、

その歴史的な価値が高いことから2016年7月25日、国の有形重要文化財に指定されました。

 

大イチョウと鬼子母神堂の映像から御会式の映像へ

 

まとい振り、行進する様子の映像

 

テロップ

鬼子母神御会式

 

ナレーション

毎年10月、地域をあげて行われる年中行事「鬼子母神御会式」。

その中心にある鬼子母神堂は、地域の人々が集う、拠りどころとなっています。

 

テロップ

鬼子母神御会式

ナレーション

鬼子母神御会式

日蓮聖人の忌日法会に続き、毎年10月16日から3日間、地域で行われる伝統行事。

豊島区無形文化財指定の伝統行事

 

御会式の映像

 

テロップ

万灯行列

 

ナレーション

最終日の18日には池袋駅前から鬼子母神堂まで、団扇太鼓(うちわだいこ)の音に纏(まとい)が

威勢よく夜空を舞い、しだれ桜を模した「万灯」(まんどう)」が何台も練り歩く、幻想的な行列が続きます。

江戸時代にはじまり、幕末・明治期にできあがった講社(こうしゃ)による練供養が、

世代を超えて受け継がれています。

 

鬼子母神堂、豊島長崎の富士塚、自由学園明日館の映像ダイジェスト

 

ナレーション

豊島長崎の富士塚」「自由学園明日館」「雑司ヶ谷鬼子母神堂」と3件となった国の重要文化財。

それぞれの歴史に彩られた(いろどられた)文化財…

その成り立ちと、継承に関わった多くの人たちの思いが今も変わらず、そこに息づいている。

その思いを受け止め、地域の宝として、地域の誇りとして

未来に大切に受け継いでいく…

その役割を果たせるのは、今を生きる私たちです。

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更新日:2017年3月23日