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トキワ荘に集った若手マンガ家を育てた編集者

「追悼 講談社『少女クラブ』元編集者・丸山昭

丸さんのトキワ荘物語 そして並木ハウス」開催中

報道発表日:平成30年2月23日

豊島区トキワ荘通りお休み処(豊島区南長崎2-3-2)で「追悼 講談社『少女クラブ』元編集者・丸山昭 丸さんのトキワ荘物語 そして並木ハウス」のパネル展示が開催されている。期間は平成30年5月27日まで。
丸山昭さんは1930年山梨県甲府市生まれ。1953年に大日本雄辨會講談社(現・講談社)に入社すると、編集者として『少年クラブ』を担当。1954年9月には『少女クラブ』編集者として手塚治虫の『リボンの騎士』を担当した。トキワ荘には石ノ森章太郎、赤塚不二夫、水野英子らの担当となり足しげく通った。その後、『ぼくら』編集部を経て、1959年『少女クラブ』編集長、1962年『少女フレンド』副編集長となり多くの少年・少女マンガ誌に携わった。
1968年の講談社退社後は美術の総合通信教育スクールである講談社フェーマルスクールズの設立に携わり、多くのマンガ家を発掘し育てた。
2001年にはトキワ荘に集った多くの作家を育てた功績に対して、「第五回手塚治虫文化賞特別賞」を受賞しており、2016年に亡くなるまで、生涯マンガ文化の発展につとめた。
本展示では編集者としてトキワ荘をはじめとした豊島区ゆかりのマンガ家たちと二人三脚で歩んだ丸山氏の業績をパネルで紹介している。『火の鳥・ローマ編』の最終回の最後のコマで、結婚式を控えていた丸山氏に“MARUSAN‘S SWEET HOME”の描き込みを贈った手塚治虫とのエピソードや赤塚不二夫、石ノ森章太郎、ちばてつや、水野英子、よこたとくおらとの特色あるエピソードは一見の価値がある。
区の担当者は展示にあたり「丸山さんは地域と豊島区のトキワ荘についての取り組みに10年以上にわたり寄り添い、ライフワークとしてご尽力いただきました。編集という仕事を紹介することで、マンガの楽しみ方に新たな視点を持っていただければ嬉しく思います」と語っている。
マンガの発展に大きく貢献した編集者の功績をぜひ見に来ていただきたい。
(注釈:手塚の塚は旧字、石ノ森章太郎の「ノ」は小文字で表記します。)

期間

5月27日(日曜日)まで

場所

豊島区トキワ荘通りお休み処(豊島区南長崎2-3-2)

開館時間

午前10時から午後5時(最終入館 午後4時30分)※3月まで
午前10時から午後6時(最終入館 午後5時30分)※4月から

休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は、翌日火曜日が休館)年末年始

主催

豊島区/公益財団法人としま未来文化財団/としま南長崎トキワ荘協働プロジェクト協議会

写真

展示の様子1

展示の様子1

展示の様子2

展示の様子2

この報道発表に関するお問い合わせ

文化観光課

電話:03-4566-2758

お問い合わせ

更新日:2018年2月23日