マイページ

マイメニューの機能は、JavaScriptが無効なため使用できません。ご利用になるには、JavaScriptを有効にしてください。

マイページ一覧と使い方

ここから本文です。

春の収蔵資料展

展示期間:平成27年4月17日から平成27年6月28日まで 終了しました

むかしの生活道具ほか、当館の収蔵品を展示いたします。どうぞ足をお運びください。

入場無料:午前9時から午後4時30分
休館日:月曜日、祝日、第3日曜日

展示みどころ解説:毎月第4土曜日14時から実施しています

春の収蔵資料展

『ちいさい桶』の大きな世界

ちいさい桶

『ちいさい桶』は、1911年(明治44)年に長崎村で生まれ育った田島五郎さんが、幼少のころお父さんからよく聞いた話でした。また、五郎さん自身も、お孫さんを寝かしつけるときに、この話をよく聞かせたとのことでした。そのため、後年、五郎さんは、原稿用紙に『ちいさい桶』の話を書き残されました。

話に登場する桶屋(おけや)の半五郎(はんごろう)さんは、五郎さんのお父さんが親しかった実在の人でした。また、当時、暗きょになる前の千川上水沿いの土手には、ケヤキやサクラの並木が続き、水の中にはカワウソなどの小動物もいたようです。

郷土資料館では、こうした長崎村の日常生活で生まれた『ちいさい桶』の話を多くの人に知って頂きたいと思い、この話に共感してくださった版画家の平岡望見(のぞみ)さんに紙芝居の制作を依頼しました。

身近な自然、人と人とのかかわり、人と動物とのかかわりなど、『ちいさい桶』の話は、人々の心をなごませ、平岡さん制作の版画は、今から100年前の長崎村へ、わたくしたちをいざないます。

大八車ではこぶ

展示風景

長崎地域の農家の人たちは、畑で野菜作りに精を出しました。それは自分たちが食べるだけではなく、神田市場(現千代田区)に出荷するためでした。神田市場では、朝6時頃からセリが行われました。この早い時間のセリに間に合わせるため、まだ暗い2時・3時に起き、前日大八車に準備した野菜籠(かご)や肥(こえ)桶(おけ)を、ひとりが引き、ひとりが後ろを押して神田市場へ出荷したということです。

ここに展示した大八車は、1940年頃まで、実際に使われていたものです。荷台の長さは約2800mm、荷台の横幅は約680mm、車輪の直径は、約1080mmです。車輪は硬いカシの木で作られ、鉄の輪がまかれています。荷台には、エンロカゴと呼ばれる野菜を入れるカゴを載せました。また、市場の帰りには、肥桶に人糞をもらうために、特別に約束している家に立ち寄ったとも伝えられています。

大八車は、後方に荷物をのせすぎると前方が上がってしまいます。そのため、坂道には、大八車を押すことを仕事にしている人がいました。また、重そうな大八車を見ると、子どもたちが手伝ってくれることもあったそうです。子どもにとっては、お小遣いかせぎにもなったようです。また、雨の日には、商品である野菜が濡れないようにするために、幌(ほろ)をかけたということです。当時の道は舗装(ほそう)されていたのでしょうか。野菜作りの最盛期、市場へ通じる道には、多くの大八車が通っていたことでしょう。今では想像もつかない光景ですが、当時の農家の暮らしをうかがえるものとして大八車は貴重な資料です。今や大八車で荷物を運んだ経験がある方は非常に少なくなりました。今回の展示にあたり、縄を使って籠や桶などを固定する方法は、写真などを参考にしました。

くらしのうつりかわり

展示風景

この約2畳の空間は、郷土資料館で所蔵する生活資料を使って再現した1960年代冬期の一般家庭の茶の間風景です。広く普及するのに時間を要した白黒テレビや黒電話がありますので、一般家庭の中でも比較的生活に余裕があった家の茶の間風景と言えるかも知れません。

1950年代後半、結婚後家庭を持ったらすぐにでも購入したい耐久(たいきゅう)消費(しょうひ)財(ざい)の上位三位(電気冷蔵庫・白黒テレビ・電気洗濯機)の商品は、「三種(さんしゅ)の神器(じんぎ)」と呼ばれました。歴代天皇に伝わる三種の神器になぞらえた呼称は、新しい生活を表すキャッチコピーとして浸透しました。

生活スタイルや価値観が多様化する現在、“あこがれ”や“夢”を象徴する三種の神器の具体像は、人それぞれ異なることと思います。この再現展示を見学しながら、今の自分にとっての三種の神器を思い浮かべてみる、というのはいかがでしょうか?

むかしのくらし

展示風景

私たちの毎日の暮らしは、日に日に便利になっています。スイッチひとつであかりがともり、エアコンやヒーターが動いて部屋が暖まり、温かいごはんが炊けます。

急に必要なものがあった場合、それがたとえ夜中でも、24時間営業のコンビニエンスストアやスーパーマーケットに行けば入手できます。豊島区をはじめとする都市部ではごく当たり前の日常風景ですが、今から50~60年前に生活していた人たちは、どのような生活道具を使い、どのような暮らしをしていたのでしょうか?

ここに展示した生活道具の大部分は、1950~80年代もしくはそれ以前に、豊島区に居住された方々が実際に使っていたものです。

むかしのくらしの延長線上に現在の私たちのくらしがあります。展示した資料には、当時これらを使っていた人たちの思いが込められているとともに、将来の製品開発のヒントも隠されているのです。

郷土資料館:利用案内・地図

更新日:2015年8月18日