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失われた耕地─豊島の農業─

  • 展示期間1987年12月1日から1998年1月31日
  • 図録価格300円

私たちの街豊島区は、副都心池袋を中心に、都内でも有数の繁華街・住宅の密集地域として発展を続けています。豊島区全体を空からながめると、雑司ヶ谷霊園など緑の多い一部の地域を除いて一面住宅やビルでぎっしりといった光景です。ですから、「豊島の農業」と言われても意外に思われる方も多いかと思います。

しかし、長崎獅子舞などの農耕儀礼が残っていることからもわかるように武蔵野台地の東端に位置する豊島区地域は、江戸時代、当時世界屈指の都市であった江戸への野菜類の一大供給地として発展し、駒込・巣鴨の園芸の発展とあいまって独特の位置を築き上げていったのです。そして、近代に入っても首都東京の「農村地帯」として発展を続け、「長崎村の大根・なす・きゅうり」・「巣鴨町の小かぶ」・「巣鴨村のたけのこ」・「高田村のかぼちゃ・なす苗」などは、品質の良さもあって特に有名でした。また、現在からは想像もできませんが、明治末から大正期にかけて区内には30ヶ所近くの牧場が存在し、しぼりたての牛乳を売り歩く姿がよく見かけられたものでした。

ところが、交通網の発達や関東大震災の影響で、つぎつぎと住宅が作られ、急激な都市化とともに、緑豊かな耕地や牧場はその姿を消していったのです。

そこで、今回の特別展では、「農村地帯」であった豊島区の歩みを、昨年度実施した旧長崎地区歴史・生活資料所在調査で御寄贈いただいた貴重な資料類を中心に展示し、当時の生活や生産活動、都市化と農業などの点について考えていただければと思います。

(図録序文より)

図録表紙

更新日:2015年2月25日