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さやうなら帝都 勝つ日まで─豊島の学童疎開─

  • 展示期間1987年7月2日から1987年8月30日
  • 図録価格500円(品切)

1944年(昭和19年)8月から9月、豊島区から約1万人の国民学校(現在の小学校)3から6年生が、長野・福島・山形の各県へ旅立っていきました。(これより先に千葉県へも。)

戦局が日本の不利になり、本土空襲がさし迫ってきたことから、「帝都の防空態勢を飛躍的に前進せしめること」、「若い生命を空爆の惨禍から護り、次代の戦力を培養すること」(東京都教育局長、1944年7月16日)を目的にしたものでした。地方の親戚や知り合いの元に行く、「縁故疎開」ができない子供を学校単位で地方に送ったのです。これが「学童集団疎開」で、以後1年余にわたって子供たちは親元を遠くはなれての生活を続けました。

疎開先では学童たちはさまざまな経験をしました。ホームシック・食糧不足・飢え・シラミの発生・火事・水の事故・脱走・イジメ・農作業・木出し(マキ運び)・・・。疎開は文字どおり“子供たちの戦場”でした。それは総力戦となった現代の戦争の特徴をよく示すものとなっています。

展示では、当時の学寮の復元を始め、学童疎開で使用されたもの・学童の日記・学童と親との手紙・当時の記録・生活のようすを示す写真などによって、子供たちにとって学童疎開とは何だったのかを考えていきたいと思います。

(展覧会チラシより)

図録表紙

更新日:2015年2月25日