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長崎や千早といった豊島区の西側(にしがわ)にあるまちは芸術(げいじゅつ)や文化を発信するまちです。
(アトリエ村の模型は郷土資料館に行くと見ることができます)
昭和のはじめから戦前にかけて、長崎や千早に絵や彫刻を勉強する学生向けのアトリエつきの住宅が建てられました。アトリエというのは芸術作品を創作(そうさく)するために作られたお部屋のことです。これに、生活のための部屋が加わったつくりの家がいくつも並んでいたことからアトリエ村と呼ばれるようになりました。
一番はじめに作られたアトリエ村は、いまの要町のあたりに建てられたものでした。当時は竹やぶが多く、すずめがたくさん飛んでいたことからすずめが丘アトリエ村と呼ばれていました。このあといまの豊島区長崎を中心に、さくらが丘・つつじが丘・光が丘・緑が丘とアトリエ村が次々に作られていきました。
(トキワ荘マンガミュージアム)
日本のマンガの歴史をつくった手塚治虫(てづかおさむ)や、石ノ森章太郎(いしのもりしょうたろう)、赤塚不二夫(あかつかふじお)がまだ若かったころに過ごしたアパートが、南長崎にあったトキワ荘(そう)です。ドラえもんを描いた藤子不二雄(ふじこふじお)も住んでいました。
トキワ荘は昭和57年に解体(かいたい)されてしまいましたが、令和2年7月7日、南長崎のトキワ荘文化の発信拠点(はっしんきょてん)となるマンガミュージアムとしてよみがえりました。外観(がいかん)・内装(ないそう)は、マンガ家たちが切磋琢磨(せっさたくま)した当時のトキワ荘を忠実(ちゅうじつ)に再現(さいげん)しました。
(再現部屋(さいげんべや))
ここでは昭和20〜30年代のマンガ家たちの生活を見ることができます。ペン入れなどが体験(たいけん)できるプログラムや、マンガ家になりきって撮影(さつえい)できる部屋で、当時のマンガ家の生活を体験(たいけん)してみましょう。1階には、トキワ荘ゆかりのマンガ家の作品を見ることができる「マンガラウンジ」や、展示(てんじ)やイベントを開催(かいさい)する「企画展示室(きかくてんじしつ)」があります。
豊島区立トキワ荘マンガミュージアム
住所:豊島区南長崎3-9-22
電話:03-6912-7706
ホームページ:https://tokiwasomm.jp/
アトリエ村が建てられた当時、豊島区のまちは大きな変化をとげました。
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