雑司が谷 わが町 第1話
更新日 平成21年12月25日
第1話 並木ハウス
昭和の面影が色濃く残る手塚治虫が暮らした並木ハウス界隈

大正から昭和にかけて多くの文人が暮らした地、雑司が谷。昔懐かしい風景の断片がそこかしこに点在する町並みは、今も訪れる人々の心をくすぐる不思議な魅力に溢れています。
2008年(平成20年)6月に副都心線「雑司が谷駅」が開業してから、雑誌などのメディアで雑司が谷界隈(かいわい)が取り上げられることが多くなり、来街者も増えました。
そこで区は、地域のかたで構成する「雑司が谷・歴史と文化のまちづくり懇談会」を今年6月に設置し、町の魅力を内外に発信する方策を検討しています。
本シリーズでは、懇談会のかたがたのお話をご紹介するなど、雑司が谷の魅力を様々な視点からお伝えしていきます。
第1話は、雑司が谷懇談会のメンバーで並木ハウスオーナーの砂金宏和(いさごひろかず)氏にお話をうかがいました。
(広報としま平成21年10月25日号 8面記事)
1.並木ハウスと手塚治虫先生

並木ハウスは、私の祖父が昭和28年(1953年)に建てたアパートです。祖父は普請道楽(ふしんどうらく)で凝り性でしたから、当時としてはハイカラな造りでした。編集者の方の紹介で手塚治虫先生がトキワ荘から越してこられたのは、並木ハウス新築の翌年。ご結婚されるまで約2年半お住まいでした。
その頃私は2歳から4歳でしたから、はっきりした記憶はなく、後で母から聞いた話がほとんどです。でも、当時珍しかったテレビを手塚先生がいち早く買われて、「見にいらっしゃい」と部屋に呼んでいただいて近所の人と一緒に見た記憶がうっすらとあります。その時、先生は子どものようにはしゃいでいたと母が言っていました。
当時、先生は連載をたくさん抱えて、長者番付に名前が載るほどの超売れっ子。部屋には編集者が大勢来てよくカン詰めになっていたようです。ある日、先生がご実家のお母様から「行燈(あんどん)の絵を描いて」と頼まれたんだけれど、編集者の前で私的な絵を描きにくいということで、裏の階段からこっそり母のところに降りて来られたんですって。それで、うちの母屋で行燈用の絵を描いていたそうです。
母は手塚先生の信奉者でした(笑)。先生が徹夜続きで仕事をされるので、体を心配して「たまにはお休みになったらいかがですか」と声をかけると、先生は「子ども達が僕のマンガを待っているからね」とおっしゃったそうです。その思い出話をしながら母は「先生はえらい」とよく言っていました。
2.築56年の今も、並木ハウスは現役

並木ハウスは、文化財としてではなく、現役のアパートとして使いながら保存していかなくてはなりません。ですから、当時の雰囲気を残しながら内装を塗り替えたり、基礎を直したりといった改修工事を先頃行ないました。それから、新築時は一戸建てでも風呂付きは珍しい時代でしたから、お風呂がなかったんです。それで、3畳の洗濯室にコインシャワーを入れて入居者の方に使っていただけるようにしました。
余談ですが、手塚先生は銭湯がお嫌いだったそうです。母は初台の先生の新居に郵便物を届けに伺った時、「銭湯嫌いの先生が作ったお風呂はどんなだろうと思って見せてもらった」と言っていました(笑)。

今でも時々、手塚先生のファンのかたたちが、「あぁ、ここが並木ハウスか」なんて話しながら建物を見にいらっしゃいます。入居者の方は普通に生活されているので、なるべくご迷惑にならないようにしてもらえるといいですね。
「並木ハウス」という名の由来となったケヤキ並木は建物のすぐ目の前にあります。ケヤキは秋になると一日に何度も掃き掃除をしなければならないほど葉が落ちるんです。でも、地域の皆さんで手分けをして維持しています。やはり、みんながこの景観を大事に思っているからこそなんですよね。
3.これからの雑司が谷に想うこと

雑司が谷には、住人以外の方が「訪れてみたい」と思えるような場所がたくさんあります。法明寺や鬼子母神、雑司ヶ谷霊園や旧宣教師館…。訪れる人の立場からすれば、そうした場所を単に見て歩くだけでなく、「おもてなし」や「お楽しみ」を味わえたらいいのではないでしょうか。
雑司が谷には、江戸の古くから伝わるお店もありますし、この界隈の雰囲気を気に入って移ってこられたお店もあります。商店街の維持というのは難しい問題もたくさんあると思うのですが、古いものと新しいもの、どちらも元気だと町はもっと魅力的になると思います。
「ハレとケ」という言葉がありますが、今は子どもに「誕生日プレゼントに何がほしい?」と聞くと「特にない」という答えが返ってくる時代。豊かになりすぎた現代には「ハレとケ」がないんですね。鬼子母神の御会式や初詣、節分などは、
一時期は下火になっていましたが、最近は少しずつ人が戻ってきました。法明寺では月に1度、何らかのイベントをやっていますし、年に数回行なわれている古本市の「みちくさ市」や、毎月 子母神で開かれる「手づくり市」もあります。そんな風に、「休みの日に雑司が谷に行けば何かやっているよ」ということを皆さんにもっと伝えて、「ハレ」とまではいかなくても、「半ハレ」ぐらいの感覚で雑司が谷を楽しんでもらえるようになるといいですね。
注意事項
手塚治虫、手塚プロダクションの「塚」の字は、旧字を用います。
鬼子母神の「鬼」の字は、頭に角のない字です。
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