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雑司が谷 わが町 第3話

更新日 平成22年3月26日

第3話 雑司が谷を愛する人々

入り組んだ路地を歩けば見えてくるこのまちの歴史、懐の深さ

 土地の人も移り住んだ人も温かく包み込むまち、雑司が谷。今回は「雑司が谷・歴史と文化のまちづくり懇談会」のメンバーを中心に、雑司が谷をこよなく愛している地元の方々のお話をご紹介します。
 それぞれの視点から語られる雑司が谷の魅力は、身近すぎて見落としがちな大切なものを、あらためて見直すきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。
(広報としま平成22年1月25日号 8面記事)

町を歩けば歴史の面影がそこかしこ

矢島勝昭さん

矢島勝昭さん、郷土史家、南池袋2丁目在住

 私は、生まれも育ちも雑司が谷。雑司が谷の魅力をあえて一言で表すとすれば、歴史の面影が色濃く残っていることでしょうか。目で見てはっきりとわかるものとしては、都電、雑司ヶ谷霊園、寺社、旧宣教師館、それから御会式などもありますね。
 町歩きは、迷路のような路地や坂道を自由に歩くのもいいですし、「御朱印帳」を手に寺社を巡ってみるのもスタンプラリー感覚で楽しめると思いますよ。
 まちづくり懇談会では、「来街者が雑司が谷の情報を収集するための拠点をつくろう」という話が出ています。かつて雑司が谷には自宅で働く職人「居職(いじょく)」が多く、町に賑わいを生んでいました。そうした居職の実演をそこで行なうのも面白いと思っています。
 

懐かしさを感じる風景を守りたい

小池睦子さん

小池睦子さん、雑司が谷郷土玩具伝承会会員、雑司が谷一丁目在住

 亡くなった義母が昔、俳句の雑誌にこんな文章を寄せていました。「六十階日本一ののっぽビルの傍らをアッパッパ(注釈1)に下駄ばきの老女をのせたチンチン電車、何かそこには失ってはならぬものを大事にしている我が家の周辺だと自負するのは私だけだろうか」。
 これは昭和53年に発行されたものですが、雑司が谷界隈(かいわい)には今も昭和を彷彿(ほうふつ)とさせるのんびりとした風景が残っています。地元民にとっても他の地域から訪れる人にとっても、懐かしさを感じさせる町並みを意識的に守っていくことが必要だと感じています。
 鬼子母神始め歴史・文化のある町ですから、雑司が谷地域全体の町歩きマップがあれば、ぜひ活用したいという方も多いのではないでしょうか。
(注釈1)ウエストを締めないワンピース形の夏服

高尾裕子さん

高尾裕子さん、雑司が谷郷土玩具伝承会会員、雑司が谷一丁目在住

 子どもが小学校に上がる時、夫の故郷である雑司が谷に越してきました。雑司が谷は坂道や階段、入り組んだ路地がすごく面白いですよね。私は、雑司が谷名物は「明暗」だと思っています。音大の脇の道など、町並みの中に光と影があり、 子母神の御会式でも祭の明るさの中に暗さや影があります。今は町の至るところが明るくなり、影を排除する傾向がありますが、明と暗どちらもあるところに雑司が谷の奥行きと居心地のよさを感じます。
 再開発によって趣のある建物や通りがなくなり、人心地のつけない町になっていく所があるのはとても残念です。町おこしを考えるにあたっては、「この町の特徴を活かしていく」という発想を大切にしてもらいたいと思います。

ごちゃごちゃ感が面白い、東京の秘境

金子佳代子さん

金子佳代子さん、旅猫雑貨店オーナー、雑司が谷二丁目勤務

 私の店には町歩きのついでに立ち寄ってくださる方がよくいらっしゃいます。中高年や若者カップルなど年齢層は幅広く、皆さん共通して「雑司が谷って楽しい」とおっしゃいます。「入り組んだ路地が迷路みたい」、「東京じゃないみたい」といった言葉もよく聞きます。
 私は文京区出身ですが、初めて雑司が谷に足を踏み入れた時には、「こんなにごちゃごちゃした町があったのか!ここは東京の秘境だ」と驚きました(笑)。それからは度々散歩に通い、あちこちで写真を撮りまくりました。
 雑司が谷がどこの町にも似ていない独自の顔を保ち続けているのは、スーパーやチェーン店ではない間口の小さな個人商店が多いことも関係しているような気がします。

注意事項

鬼子母神の「鬼」の字は、頭に角のない字です。

このページに関するお問い合わせ

政策経営部 広報課 編集グループ
電話:03-3981-4154 ファクス:03-3981-1375
Eメールでの問い合わせは専用フォームをご利用ください。

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