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マッケーレブ氏の子孫がアメリカから訪問

更新日 平成21年7月7日

雑司が谷旧宣教師館の保存に感謝

報道発表日:平成21年7月4日
問い合わせ:郷土資料館 電話:03-3980-2351

本日4日、雑司が谷旧宣教師館を建てたアメリカ人宣教師ジョン・ムーディー・マッケーレブ氏(1861-1953)の子孫トーニャ・クーリーさん家族(テキサス州オースチン)4人が、同館を訪問した。トーニャさんは、同館の保存に感謝するテキサス州議会議長旗を託されて来日、議長旗を同館に贈呈した。
マッケーレブ氏の姉のひ孫にあたるトーニャさんと夫のトロイ・クーリーさんは、館内を見学し「美しく綺麗、自分たちの故郷の古い家を思い出させてくれます。この雑司が谷の皆さんが守ってくれたことをとても嬉しく思います。そして、子どもたちにも見せることができて感謝しています」と笑顔で語った。雑司が谷旧宣教師館は、明治40(1907)年に建築され、築102年になる。

日時・場所

7月4日(土曜日)午前11時30
雑司が谷旧宣教師館(雑司が谷1-25)電話:03-3985-4081

当日の様子

平成9年8月、マッケーレブ氏の姉の孫に当たる子孫らが初めて来日した。保存運動の中心となった前島郁子さん(88歳)ら近隣住民との交流はこの時からである。当時、来日した内のひとり、スー・フランシス・ハントさんが、トーニャさんの母親だ。前島さん同様にマッケーレブ氏の幼稚園に通った、池田和子さんのお嬢さん吉野清美さんが、今回トーニャさん一家を案内した。
トーニャさんは、夫と娘息子の4人で来訪、先祖の住んだ館内や実際に利用したベッドなどの調度品を丁寧に見て歩いた。
旧宣教師館の建設当時の雑司が谷は、田園風景が広がる郊外。一家は、当時を再現したジオラマを見ながら、「テネシー州出身のマッケーレブの生まれた所も、丘や小川がある美しい場所。そんな所に引かれてここに宣教師館を建てたのかしら」と、うなずきあっていた。

補足

雑司が谷旧宣教師館は、宣教師として来日したアメリカ人ジョン・ムーディー・マッケーレブ氏が明治40年(1907)に自宅として建てた区内最古の木造洋館。昭和16年に帰国するまで34年間暮らした。昭和57年に取り壊し、マンション建設の計画が持ち上がったが、地域の文化的シンボルである同館を保存しようと住民の働きかけを受け区が取得、補修を行なったうえ、平成元年から一般公開をしている。昭和62年区有形文化財第1号に、平成11年には都指定有形文化財になった。

写真

ジオラマを見るトーニャ・クーリーさん一家

雑司が谷旧宣教師館で集合写真

このページに関するお問い合わせ

政策経営部 広報課 報道グループ
電話:03-3981-4122 ファクス:03-3981-1375
Eメールでの問い合わせは専用フォームをご利用ください。

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