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雑司が谷旧宣教師館

更新日 平成21年11月27日

 東京都指定有形文化財

雑司が谷旧宣教師館 雑司が谷1-25-5 電話:03-3985-4081

外観の写真

利用案内

開館時間

午前9時から午後4時30分まで

休館日

毎週月曜日(祝日の場合は開館)、第3日曜日、祝日の翌日、年末年始、臨時休館

入館料

無料

交通案内

  • 地下鉄有楽町線
     東池袋駅下車徒歩10分または護国寺駅下車徒歩10分
  • 地下鉄副都心線
     雑司が谷駅下車徒歩10分
  • 都電荒川線
     雑司ヶ谷駅下車徒歩7分または鬼子母神前駅下車徒歩10分
  • 都営バス
     雑司ヶ谷霊園入口下車徒歩7分

概要

 雑司が谷旧宣教師館は、明治40年にアメリカ人宣教師のマッケーレブが自らの居宅として建てたものです。マッケーレブは、昭和16年(1941)に帰国するまでの34年間この家で生活をしていました。豊島区内に現存する最古の近代木造洋風建築であり、東京都内でも数少ない明治期の宣教師館として大変貴重なものです。

 また、当時の新興住宅地における布教活動と幼児教育の拠点としての意味を持っていたことを地域の人が記憶しており、昭和62年9月1日に、豊島区の登録有形文化財として登録し、その後、特に重要な文化財として保存、活用をさらに進めるため、平成4年11月10日に、指定文化財としました。その後、平成11年3月3日、東京都指定有形文化財(「旧マッケーレブ邸」)になりました。

 この建物は、木造総2階建て住宅で、全体のデザインはシングル様式であり、細部のデザインにはカーペンターゴシック様式を用いており、19世紀後半のアメリカ郊外住宅の特色を写した質素な外国人住宅です。

 豊島区では、昭和57年に取得して以来、建物調査、保存修理工事などを経たのち、平成元年1月から館内に関連資料等を展示し一般公開を行なっています。

宣教師J.M.マッケーレブ

 ジョン・ムーディー・マッケーレブは1861年、アメリカ・テネシー州ナッシュビル郊外に生まれました。生後6か月で南北戦争により父を失い、以後多くの苦労を重ねながら勉学に励み、敬虔なクリスチャンの青年に成長しました。27歳の時、ケンタッキー州レキシントンにあるカレッジ・オブ・ザ・バイブルに入学し、ここで先輩の宣教師アズビルと出会い、彼の勧めによって日本伝道を決意したのです。

 1892年、新婚の妻デラらと日本に渡ったマッケーレブは、築地 ・神田 ・小石川と伝道活動を展開、そして1907年雑司が谷に移り住み、以後この地を拠点に、太平洋戦争開戦直前まで、さまざまな困難に遭いながらも、ピューリタニズムに基づいた宣教活動を続けていったのです。約50年間にわたるマッケーレブの日本での活動は、慈善事業から幼児や青年の教育活動にまで及び、数多くの人々に感銘をあたえるものでした。

建物案内

1階

 1階の展示では、宣教師 マッケーレブの活動、生活ぶりを紹介しています。
 その他児童図書コーナーでは「赤い鳥」・「子供之友」などの雑誌や図書を自由に閲覧できます。

2階

 2階の展示では、雑司が谷における近代の文化活動を主に紹介しています。
 情報検索コーナーでは展示されている個別のテーマについてより詳しい説明をしています。

みどころ

マントルピース
 1階居間の暖炉には、アールヌーボー風のタイルを使い、ケヤキ材の前飾がついています。

暖炉の画像

天井
 2階には格子に割竹が使われ、外国人の竹への興味がうかがわれます

割竹の天井の画像1

割竹の天井の画像2

ベイウィンドウ
 玄関わきの張り出し窓。1階は斜めに、2階は直角に変化をつけています。

出窓の画像

建物の意匠
 玄関ポーチの方杖(ほおづえ)など、カーペンターゴシック様式の特徴が随所にみられます。

玄関ポーチの画像

このページに関するお問い合わせ

文化商工部 学習・スポーツ課 雑司が谷旧宣教師館
電話:03-3985-4081
東京都豊島区雑司が谷1-25-5
Eメールでの問い合わせは専用フォームをご利用ください。

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