ホーム > 区政情報 > 重点プロジェクト > 「わたしらしく、暮らせるまち。」から「SDGs未来都市」へ > としまなひとびと - としまscope > 日常に馴染み、未来を見据えた伝統工芸を目指して|金工師 流線・渡部隆さん
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「伝統工芸」というと、敷居の高いイメージがあるかもしれませんが、もともとは生活のなかで生まれ育まれてきたもの。時代とともに担い手が減り後継者不足も課題といわれるなか、豊島区で「流線」という屋号で活躍している金工師の渡部隆さん。伝統について、そして未来についてお話を伺いました。
金工師として豊島区伝統工芸保存会に所属する渡部隆(わたなべたかし)さん。金工とは金属を素材にした工芸技術のことで、弥生時代に伝来して以来、生活に必要な道具や仏像などをはじめとした美術品を作る技術として発展してきた伝統工芸。渡部さんが、金工に携わるようになったきっかけとは?
―「最初は伝統工芸士になりたいという意識ではなく、金属のものづくりに興味があったんです。就職したのは大手の銀製品メーカーでした。機械化が進んだ現代では、全て手仕事で作る製品は無かったのですが、あるとき『明治の彫金』という展覧会で海野勝珉(うんのしょうみん)の作品に出会い、衝撃を受けたんです。今よりもずっと技術が進んでいない時代、機械もないのにどうやってこんなに複雑で素晴らしい作品が作れたのかと。いくら文明が進んでも敵わないものが手仕事にはあるなと実感したんです。それからは会社勤めをしながら、職人さんを訪ねる日々でした。
量産の世界に携われたのは良かったと思っていますが、やっぱり自分の手で作りたいと思うように。未経験からスタートして約10年間職人として働いた会社を辞め、工芸士や下町の職人のもとで師事したのち、2010年に独立。工房「流線」を開業しました。そして銀細工職人としてスタートして20年たった2017年に、豊島区伝統工芸士の認定もいただきました。豊島区の基準は20年以上の実務経験ですから最短でいただき、最年少での認定でした。」
―「たまたまなんです。銀製品を作るのには音が出ますから、場所選びは結構大変なんですよ。いまは公園の整備が行われいる工房の目の前は、もともと工場だったのであまり音を気にしなくてもよかったんですよね。郊外に行けばもっと広い場所を借りられるのにともよく言われるんですが、デパートでの催事も多いですし、やっぱり都心は便利。それに、裏には古くからある池袋氷川神社が。風情も豊かなこの場所に出会えたのは本当に運がよかったと思います。生まれは豊島区、育ちは区境の北区なので、鮭の産卵のように、気がついたらこの土地に戻ってきたことに縁を感じています。」
第9回全日本金銀創作展ではグランプリの「経済産業大臣賞」をはじめに様々なコンクールで受賞歴がある渡部さんですが、普段はどのような作品を作っているのでしょうか?
ー「ジュエリーやタイピン、酒器などの日常で使っていただける実用品がメインです。デパートの催事や、紳士服売り場の一角で実演販売を行うことが多いです。機械ではできないことを表現したいと独立したわけですから、お客様ひとり一人にあわせてサイズを微調整したり、手仕事ではないと表現できない模様や質感を出すのがこだわりです。
そのために、思い描く厚みや曲線を出すために必要な、当て金やかなづちなどの道具は自作しています。同じように見えて、重さやサイズなど少しずつ異なっているんですよ。ほとんどはオリジナルなのですが、一部に引退した職人さんから受け継いだ道具もあります。どれもが世界にひとつしかない大切な道具たち。後継者不足の世界と言われていますが、かつては成り立っていた修行や丁稚奉公といった制度はこの時代には合いませんし、かといって会社員のように給料を支払って後継者を育てるということが厳しいのも現状。でもこの貴重な道具を引き継いでくれる人はいてほしいとは思うんですよね。そして今後もますます高齢化は進むことと思います。後継者がいないこの分野で、価値のある作品を残していくことも大切だと感じています。豊島区には美術館が少ないので、伝統工芸を保存するミュージアムができたらいいなと期待しています!」
「伝統」というと、古きを受け伝えるという印象がありますが、渡部さんはどのようにお考えですか?
-「実は「伝統工芸」という分野にちょっとした違和感というか疑問を抱いていたのですが、昔はどうだったんだろう?と探求していくうちに、いまやっていることも、過去から未来へ続く歴史の一部なんだということが分かりました。戦後、高度経済成長とともに職人は減り、手工業が衰退しました。そこで国が、これではいけない、技術を保存しなくてはと、つくったのが「伝統工芸」の認定制度。でも、もともとある技術は特別なものではなくて、日常で自然と受け継がれてきたもののはずなんです。ですから、過去のものを過去のものとして引き継ぐのではなく、今の時代に合わせて進化させて残していけたらと。そのためには、特別なこととしてではなく、日常にも馴染んだものであってほしいという想いがあります。
技術を結集した作品づくりも大切ですが、たくさんの人に興味を抱いてもらえるようなものづくりもしていきたいなと。たくさんの人に興味を抱いてもらうため、今の時代に合わせたものづくりに挑戦していくことも伝統を担う役割のひとつかと思うようになりました。だれかひとりに技術を教えることで確かに伝わることもありますが、辞めてしまって途絶えてしまうことも。今思うのは、まずは多くの人に、金工という工芸を知ってもらうこと。もしかしてやってみたいと思う人がでてくるかもしれませんし、需要が増えれば職人が育つ環境も整います。その一歩となるような、きっかけづくりのための種まきを、これからもし続けていきたいと思っています。」
文:田口みきこ
写真:西野正将
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