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暮らしのなかでこそ、異文化は濃密に混ざりあう|雑司が谷 Neighborhood House代表 竹内智則さん

2020年東京オリンピック・パラリンピンック大会に向けた誘致活動もいよいよ佳境。日本をよりよく知ってもらうため、さまざまな文化体験が可能な施設も、そこかしこに。そして、古きよき風情残る雑司が谷にも異文化の交流地点があるのです。そこにあるのはその場かぎりの“体験”ではなく、リアルな暮らしのなかの、ゆるやかな交流でした。

外国人との触れ合いが、派遣先の徳島に“居場所”を育んでくれた

2017年7月にスタートしたシェアハウス「雑司が谷Neighborhood House」には、現在、日本人4名、外国人2名が暮らしています。ひと言でシェアハウスと言っても、入居者だけの空間ではなく、外に開けた特別な交流地点として、まちを受け入れ・まちに受け入れられています。「雑司が谷Neighborhood House」とは一体。代表のひとり、竹内智則さんに、まずは立ち上げの経緯について訊いてみます。

−「以前、地域おこし協力隊として東京から派遣され、2年間徳島で暮らしていました。そのまちには同世代の若者が1000人くらいしかおらず、なかなかプライベートが充実しません。一方で、地域民宿の仲介・予約サイトの立ち上げなどを行うも、地域おこし協力隊としての仕事もなかなか進まなかった。そんな風に半年間くらいモヤモヤしながら過ごしていたんです。あるとき、隣の部屋にアメリカの方が引っ越してきました。彼は日本語をほとんど喋れなかったから、家を借りる手続きの手伝いや、車を買いに行く付き添いなど、なんとなく、僕が身の回りのお世話をしていた。筋トレ好きな彼に誘われて、週に何回か、部屋で一緒に筋トレもしていました。すると、そのまちに暮らす他の外国人も集まってきて、毎回4、5人くらいで部屋で筋トレ(笑)。でも、それで少しずつ居場所のようなものができてきたんです。みんなで阿波踊りをしたり、九州旅行に行ったりもしました。そんな風にしていると、まちの人も、英語がわからないなりに好意的に交流をしてくれるようになって。バーベキューなんかすると、徳島中の外国人30人くらいが集まってくるんです」

日々は充実し、十分満足していたものの、仕事は相変わらず前に進まない。最終的には、東京に戻ることに決めたのだといいます。

弟のはじめたイベントを、ビジネスとして軌道に乗せるには

−「その頃、東京にいた弟が国際交流のイベントを行っていて。イベントと言っても、週に1回、高田馬場のバーに20人くらいを集めて喋るだけのものですが。僕は徳島にいながら、チラシをデザインしたりして陰ながら応援していました。
せっかく東京に戻るから、徳島で外国人と交流した経験も生かしつつ、弟のイベントをビジネスとして軌道に乗せようと考えたんです。毎週行うイベントでは、参加者がみんな笑顔で帰っていくので、手応えは感じていました。それでも、それだけで仕事になるかというと、そうもいかない」

そこで、徳島でつながった経営者に相談してみることに。シェアハウスをやることに決めたのは、そのときでした。それまで経験してきた仕事とは異なる分野への挑戦に、不安はなかったのでしょうか。

−「それまでやっていたイベントに毎月100人くらいが集まってくれていたので、入居者に関しては、ある程度算段がついていて、不安はありませんでした。その人たちに声をかければ、5部屋程度なら簡単に埋まるだろうって。ただ、実際には本気で考えてくれる外国人もなかなか少なくて、Facebookや知り合いづてで、なんとか集めた、といった感じです。一番難しかったのは物件探しでした。最初は、シェアハウス専門の業者をあたったんです。でも、賃料が高かったり、立地が悪かったり……。だから一般的な賃貸サイトで探すことにしたんですが、シェアハウスとして使いたいって言うと、断られることがほとんどで……。ようやく見つけたのがここでした」

そうして見つけてきたこの場所。築年数は相当なものだったため、入居前に、床や壁の張り替えが必要でした。ただ、「自分たちでできる部分は、わりとやっちゃうんですよね」と話すように、断熱性を高めるため、発泡スチロールを天井裏に敷き詰めたり、窓を二重にしてみたり。家の前の路地でDIYしていると、自然と、近隣との交流も生まれるのだといいます。

雑司が谷というまちと、ゆるやかにつながったシェアハウス

−「役割分担としては、僕はウェブ関連と、企画まわりを担当。弟は、『あなたの英語コーチ(新しいウィンドウで開きます)』というプロジェクトで講師を務めています」

一般的な英会話スクールと違って、短期間に集中して英語のコーチングを行うという「あなたの英語コーチ」。毎日生徒さんのお尻を叩きながら二人三脚で進めていくスタイルは、従来のスクールでは続かなかった人にも向いていて、いまは10名ほどが受講中。それまで行っていた定期イベントも、次第にシェアハウスで開催することが増えていきました。しかし、近隣からの理解を得るのは大変そうですが。

−「たとえば料理イベントを開くと、この部屋に収まらないくらいの人数が集まります。仕方ないので、家の前の路地に机や椅子を並べて食べることもある。その場合はもちろん、近隣の方たちにあらかじめご挨拶に回ります。ただ、みなさんとても好意的なんです。隣の家に住むおじいちゃんも、僕らが家のまえでDIYしてるのを眺めては「今日はなにしてんの?」なんて声をかけてくれる。期待していた以上に、近隣の方があたたかく迎え入れてくれていて、ホッとしています」

写真:Urban Meetup TokyoのFacebookページより

他にも、各国のボードゲームを楽しむイベントや、近所の商店街を自転車で回るツアーなどを行っている、とのこと。

異文化が、暮らしのなかで濃密に混ざり合ってゆく

−「日本文化を体験するという意味では、それこそ東京にはいくらでも専門の施設があります。でも、どうしても“その場”だけで終わってしまう印象がある。僕たちはそうじゃなくて、日常の空間でみんなで一緒にご飯を食べて、ゆっくりとお互いの話をしたい。なにも、特別な場所なんていらないと思うんです」

専門の知識や経験がなくても、積極的に情報を取り込みながら、持ち前のコミュニケーション能力で道を切り開いてきた竹内さん。イベント、シェアハウス、英会話スクールと、さまざまなプロジェクトに挑戦してきましたが、今後さらにその領域を広げていく予定です。

−「これまで続けてきたイベントも、僕のなかでは少しずつ見方が変わってきています。参加してくれる外国人の就職や住まい探しなどに関する相談に乗って、それを解決していくような、もう少し高いハードルを超えていけるようなプロジェクトにしていきたいと考えているところなんです」

インタビュー・文:高阪正洋
写真:冨田了平(Facebook写真を除く)

 

雑司ヶ谷 Neighborhood House
http://urbanmeetup.tokyo/house(新しいウィンドウで開きます)

 

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更新日:2021年3月30日