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特別インタビュー 第1弾 近藤 誠一 氏

更新日:2021年3月9日

インタビュー

一人ひとりが多様な文化を享受しながら、世界の人々を魅了する都市に──

豊島区が掲げる「国際アート・カルチャー都市構想」は、その実現へ向けて着々と歩みを進めています。
これを成功に導くためには、区民の皆さんの力が必要不可欠。

文化芸術の各分野で活躍する方による国際アート・カルチャー都市懇話会の会長に就任していただいた元文化庁長官/近藤誠一さんに、区民の皆さんへメッセージをいただきました。

素晴らしい文化に気づかずにいた日本人

かつて日本は、目覚ましい経済成長で大変勢いがありました。ところが、バブルが弾けて経済がうまくいかなくなると、急に日本人自身が元気をなくし、世界の人々の意識の中でも日本のポジションがどんどん下がってきました。

本来、日本人の生活や思想、人生哲学や自然観などの文化が基盤にあり、そのうえで経済もうまくいってきたはずなのに、経済がダメになっただけで全体がシュンとしてしまうのは、おかしい。政府の仕事で20年ほど海外から日本を見てきた私には、そう感じられました。

経済というのは、一人ひとりが生きがいのある人生を送るための環境、つまり「手段」であるはずなのに、それが確立した時、日本人は手段を「目的」だと思ってしまったんですね。だから、経済がダメになったから日本はダメだと思ってしまった。そこが極めて残念で、何とかしなくちゃいけないという気持ちがありました。もともと文化の乏しい民族なら諦めもつきますが、素晴らしい文化を持っていながら自分で気づかずにいるなんて、こんな悔しいことはないと。

文化の根幹は日常生活に染み渡っている

文化というのは、博物館や美術館で観るものばかりではありません。本来文化とは、その根幹が日常生活の中に染み渡っているものなのです。

たとえば、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食。食はあまりにも日常茶飯事なので、日本人自身は文化として捉えてこなかったようですが、しかし日常茶飯事だからこそ、そこに日本人の文化が現れているのです。
和食には、季節の食材が必ず添えられます。京都でよく食べられる鱧(はも)は、「走り鱧」「盛り鱧」「名残り鱧」と、一種類の魚でも時期によって名前を変えて表現します。そうやって日本人であることの連帯感や自然との一体感を味わう、確認し合う。ここに日本人のアイデンティティーがあるのです。

また、日本のマンガやアニメも海外から注目されています。これらが世界の人々を惹きつけるのは、単に敷居が低いというだけではなく、その奥にある日本的な精神性や人生観などを感じるからではないでしょうか。西洋では理性や効率性が重視され、自然は人間が何かを作るための材料だという発想がありますが、日本には自然の中に美を見つけ、それを表現することでより高度な感性で味わうという文化があります。そういう自然観に、西洋の人々は郷愁を感じつつも「子どもじみている」という理性が働くので、言葉で説明されると反発してしまう。ところがこれをマンガやアニメという言葉以外の形で表現することで、彼らの感性につながるわけです。

積極的に参加して「考える」きっかけに

言葉で説明するより、実際に日本に来て・感じてもらう。日本の文化を海外に発信するには、これが一番大事だと思います。豊島区でも海外の芸術家を迎えるアーティスト・イン・レジデンスの整備を進めていますが、日本の自然や生活を見て何かを感じた外国人が母国に帰って宣伝してくれる、それが何よりの発信方法です。

その意味で、豊島区の国際アート・カルチャー都市構想には大きな可能性を感じます。海外に向けて発信するだけでなく、区民の方にとっても大きな意味があると。国際アート・カルチャー特命大使も1,000人を超えたそうですが、皆さんもぜひ、旧庁舎エリアにできる「8つの劇場」や、家でも職場でもない第3の居場所「サードプレイス」など、区が行なう仕組みの中に積極的に参加してみてください。そして、さまざまな人と話し、考えるきっかけにしてください。文化とは何か、自分の生活に文化がどう位置づけられているか、自分とは誰なのか──。そうした問いに結論はありませんが、考えるプロセスから学ぶものがあるはず。何かに参加して「楽しかった」だけではなく、帰り道に何か新しいことを考える、考えてみようと思う。そういう知的な刺激が与えられれば、国際アート・カルチャー都市構想は成功だと言えるでしょう。

プロフィール

1972年外務省入省。OECD(経済協力開発機構)事務次長、広報文化交流部長などを経て、2006年ユネスコ日本政府代表部特命全権大使、08年駐デンマーク特命全権大使を歴任。10年文化庁長官に就任、13年同長官を退任。現在、近藤文化・外交研究所代表。

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