ホーム > 文化・観光・スポーツ > 観光 > まち案内 > 散歩コース > 桜・ツツジの花香る町散策コース(駒込方面)

ここから本文です。

桜・ツツジの花香る町散策コース(駒込方面)

江戸時代から園芸の地である駒込周辺を巡り、花を楽しみながら歴史を探るコースです。

駒込駅→染井吉野桜記念公園→大国神社→妙義神社→旧丹羽家門と蔵→西福寺→染井稲荷神社→十二地蔵→専修院→染井霊園→巣鴨駅

コース所要時間

花香る町散策コース

ちょっと寄り道…徳川慶喜梅屋敷跡、染井吉野の碑

地図

花香る町散策コースマップ

染井吉野桜記念公園

染井吉野桜記念公園

染井吉野桜発祥の里の記念碑

平成9年に駒込駅北口駅前広場に開園。池や流れる水などの演出もあり安らぐ公園です。
「染井吉野桜発祥之里」の記念碑や、染井吉野桜の原種と言われる2種類の桜があります。

豊島区駒込2-2-1

大国神社(だいこくじんじゃ)

大国神社

天明3年に創建され、祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。木彫りの七つの大国神があり、大黒天像の福運があるとされています。徳川家斉(とくがわいえなり)が、鷹狩の帰りにこの神社に立ち寄り、その後に十一代将軍となったことから、出世大国や日の出大国とも呼ばれています。

豊島区駒込3-2-11

妙義神社(みょうぎじんじゃ)

妙義神社

区内最古の由緒ある社で、祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)。江戸城を築いた太田道灌が、足利成氏との合戦の際に、ここに詣で勝利をおさめたことから、「勝戦(かちいくさ)の宮」とも呼ばれています。

豊島区駒込3-16-16

妙義神社のホームページ(新しいウィンドウで開きます)

旧丹羽家門と蔵

旧丹羽家門と蔵の写真

染井を代表する植木職人として活躍した丹羽家の敷地に残る門と蔵を保存し、「門と蔵のある広場」として整備しました。
門は腕木門と呼ばれる形式で、建築年代は江戸時代後期と推定されています。蔵は鉄筋コンクリート造りで築後70年以上が経過していますが、保存状態が良く当時の姿を残しています。
どちらも有形文化財として保護され、駒込の歴史を物語るシンボルとして地域の方々に親しまれています。

豊島区駒込3-12-8

旧丹羽家住宅蔵の地域活用

西福寺(さいふくじ)

西福寺

染井の植木屋の菩提寺として有名。八代将軍徳川吉宗に気に入られ、江戸城内の庭師も勤めていた植木屋、伊藤家の四代目・伊兵衛政武の墓があり、貴重な園芸書「地錦抄(ちきんしょう)」も保管されています。
山門右手には、区内最古の六地蔵もあります。

豊島区駒込6-11-4
(注釈)六地蔵とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人道・天道の六つの世界を供養するもの。

染井稲荷神社

染井稲荷神社

旧上駒込村字染井の鎮守。江戸時代は西福寺が別当でした。本殿には、俵藤太むかで退治の絵馬があります。

豊島区駒込6-11-5

十二地蔵

十二地蔵

享保15年の大火による犠牲者の冥福を祈るため建てられたものと言われています。十二体の地蔵の由来は定かではありませんが、地蔵さまの上部に描かれているのが雲の絵ではなく、火や煙のような絵であることからも、大火を描いたのではないかということです。

豊島区駒込7-3-1

専修院

明治43年に浅草から移転。植木屋・伊藤伊兵衛の屋敷跡として知られています。なかでも3代目の三之丞は、ツツジの栽培に力を注ぎ、染井のツツジは江戸の名所として一躍有名に。この地を中心に染井村は園芸の里として賑わいました。

豊島区駒込7-2-4

染井霊園

染井通り

染井霊園

明治5年に雑司ヶ谷霊園、青山霊園とともに開設された公営の共同墓地。元は建部内匠頭(たけべたくみのかみ)下屋敷跡で、西側には谷戸川源泉の長池があったそうです。二葉亭四迷、高村光雲、岡倉天心など著名人の墓があります。
春には、100本近くのソメイヨシノがいっせいに咲きます。

豊島区駒込5-5-1

ちょっと寄り道…

染井吉野の碑

巣鴨駅前の、山手線沿い桜並木の入口に、染井吉野の碑があります。昭和48年に染井吉野が豊島区の木に指定され、昭和55年に近隣の人たちによってこの碑が建てられました。

徳川慶喜梅屋敷跡

徳川慶喜梅屋敷跡

十五代将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が、明治30年から4年間住んでいた屋敷跡が巣鴨にあります。邸内には梅の木がたくさん植えられていたため梅屋敷と呼ばれていたそうです。住居は残っていませんが、平成10年7月に、跡地の碑が建てられました。

豊島区巣鴨1-18

お問い合わせ

文化観光課観光交流グループ

電話番号:03-3981-1316

更新日:2015年12月22日