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豊島区の歴史をみてみよう

江戸時代

江戸時代イメージ

江戸時代の豊島区は、7つの村に分かれていました。人口はわずか3000人位だったと言われています。

◆まちのようす

雑司が谷鬼子母神
(雑司が谷鬼子母神)

この頃、にぎわいを見せていたのが雑司が谷にある鬼子母神(きしもじん)です。江戸中からたくさんの参拝客(さんぱいきゃく)が訪(おとず)れ、門前(もんぜん)の茶店(ちゃみせ)や料亭(りょうてい)はとても繁盛(はんじょう)していました。

◆雑司が谷鬼子母神

鬼子母神は安産(あんざん)、子育ての神様として知られています。しかし、神様になる前は他人の子どもを食べるこわい鬼(おに)でした。当然のことですが、子どもはもちろんお父さんやお母さんからも恐れられていました。あまりの恐(おそ)ろしさに見かねたお釈迦様(しゃかさま)は、鬼子母神の子供を隠(かく)してしまいました。その時、鬼子母神は子どもがいなくなってしまうことの不安や悲しさ、そして今まで自分が行ってきたことが大きな間違(まちが)いだったことを知り、それからは子どもの守り神になりました。境内(けいだい)に入ると札(ふだ)のなかに書かれている鬼の字を見てみましょう。いつも目にする鬼の字と違って、字の頭にある「、」が無いことが分かります。これは鬼子母神が、もう鬼ではなく神様になったので鬼の字についているツノ「、」をとったものとなっています。

さんだわら
(さんだわら 郷土資料館で見ることができます。)

豊島区に古くから伝わる玩具(がんぐ)「すすきみみずく」が雑司が谷鬼子母神のお土産として知られるようになったのも、この頃のことです。隣の写真は「さんだわら」といって、お店ですすきみみずくが売られていた当時の様子(ようす)を再現(さいげん)したものです。「べんけい」とも呼ばれており、麦を束(たば)ねたものにすすきみみずくを差し込んで売られていました。

*雑司が谷鬼子母神について、もっと詳しい内容をお調べになりたいときは、郷土資料館のホームページをご覧ください。
 郷土資料館 雑司が谷鬼子母神のホームページ

江戸時代からにぎわいを見せていた雑司が谷のまち。今のまちのすがたも見てみよう!
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更新日:2015年7月10日