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豊島区の歴史をみてみよう

戦後から平成へ

戦後から平成へイメージ

戦争により豊島区のまちはほとんどが焼け野原になってしまいました。家やお店といった建物だけでなく、毎日の食料でさえない人たちもいました。

 

ヤミ市の模型
(ヤミ市の模型は郷土資料館で見ることが出来ます)

そのようななかで池袋にはたくさんの人が集まってきました。池袋駅を中心として、色々な場所から鉄道に乗って集まってきたのです。そして、ヤミ市と呼ばれるお店が池袋駅の周辺に立ち並ぶようになりました。「ヤミ市」という名前が付いたのは、当時、自由に売り買いをしてはいけないものをお店に並べられていたことが理由です。値段もとても高かったようですが、それでもよく売れました。

ヤミ市に並ぶお店のほとんどが飲食店(いんしょくてん)だったそうですが、このヤミ市でまちに集まった人たちは元気を取り戻し、復興(ふっこう)に向けて歩き始めました。

 

池袋のまち
(池袋のまち)

高度成長期(こうどせいちょうき)を経て、豊島区全体がますますにぎわっていくなか、一つのシンボルとなるのが、サンシャイン60です。高さが239.7メートルもあるこのビルは、建てられたときは日本で一番高い建物でした。

 

そして、終戦(しゅうせん)から数えて、2015年でちょうど70年が経(た)ちました。新しい豊島区役所が完成し、豊島区は住みたいまちとしてえらんでもらえるまちづくりを進めています。

*池袋ヤミ市について、もっと詳しい内容をお調べになりたいときは、郷土資料館のホームページをご覧ください。
 郷土資料館 池袋ヤミ市のホームページ

戦後、何も無いところから始まった豊島区はいまや日本を代表するまちへと成長しました。池袋のまちはいま!
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更新日:2015年7月10日