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まちの紹介

長崎・千早

池袋イメージ

長崎や千早といった豊島区の西側(にしがわ)にあるまちは芸術(げいじゅつ)や文化を発信するまちです。

◆アトリエ村

アトリエ村
(アトリエ村の模型は郷土資料館に行くと見ることができます)

昭和のはじめから戦前にかけて、長崎や千早に絵や彫刻を勉強する学生向けのアトリエつきの住宅が建てられました。アトリエというのは芸術作品を創作(そうさく)するために作られたお部屋のことです。これに、生活のための部屋が加わったつくりの家がいくつも並んでいたことからアトリエ村と呼ばれるようになりました。
一番はじめに作られたアトリエ村は、いまの要町のあたりに建てられたものでした。当時は竹やぶが多く、すずめがたくさん飛んでいたことからすずめが丘アトリエ村と呼ばれていました。このあといまの豊島区長崎を中心に、さくらが丘・つつじが丘・光が丘・緑が丘とアトリエ村が次々に作られていきました。

◆トキワ荘(そう)があった南長崎

トキワ壮のモニュメント
(トキワ荘のモニュメント)

日本のマンガの歴史をつくった手塚治虫(てづかおさむ)や、石ノ森章太郎(いしのもりしょうたろう)、赤塚不二夫(あかつかふじお)がまだ若かったころに過ごしたアパートが、南長崎にあったトキワ荘(そう)です。ドラえもんを描いた藤子不二雄(ふじこふじお)も住んでいました。

トキワ荘は昭和57年に解体(かいたい)されてしまいましたが、かつて実際にトキワ荘が建っていた場所には記念のモニュメントが置(お)かれました。また、平成25年には「トキワ荘通りお休み処(どころ)」が開設(かいせつ)されました。ここではトキワ荘で活躍(かつやく)したマンガ家たちにまつわるさまざまな展示(てんじ)を見ることができます。

 

トキワ荘通りお休み処
住所:豊島区南長崎2-3-2
電話:03-6674-2518
ホームページ:http://www.city.toshima.lg.jp/132/bunka/kanko/006993/013506/

 

アトリエ村が建てられた当時、豊島区のまちは大きな変化をとげました。
 豊島区の歴史をみてみよう『大正から昭和へ』のページへ

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更新日:2015年7月10日