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図書館通信第68号(2023年夏号)テキスト版

巻頭言

「学校図書館の3つの機能」公益社団法人全国学校図書館協議会 理事長 設楽敬一(したらけいいち)

 学校図書館は、校舎の最上階の片隅にあり、静かに本が読める「読書センター」機能を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、学校図書館の機能は、近年大きく変容しています。例えば、子どもたちが毎日必ず使う昇降口の近くで、各教室からも容易に行ける学校図書館が増えています。これは、現行の学習指導要領にある「主体的・対話的で深い学び」を目指すための授業改善により、子どもたちの学び方が大きく変わってきたからです。これまでの教師主導の一斉授業から、子どもたち一人ひとりが課題に取り組み探究の過程に沿って、資料を集めて調べたり、仲間と相談したりしてその成果を分かりやすく
まとめて発表するといった授業が実践されています。
 こうした授業では、課題を解決するための資料(哲学・宗教、歴史・地理、社会科学、自然科学、技術・家庭・工業、産業、芸術・体育)や、学習テーマに沿った資料が必要です。こうした資料を備えた学校図書館では、それぞれの分野ごとに整理されて、必要な資料がすぐに探せるような配置(概ね日本十進分類法)がされているなどの「学習センター」機能があります。更に、仲間と一緒に調べたり、情報を交換したり、情報端末を活用するなど、情報活用能力を育む「情報センター」機能もあります。学校図書館の機能を活用した学習では、あちらこちらから話し合いをしたり、教えたり、教えてもらったりする会話が聞こえてきます。このように、学校図書館は、「静かな図書館」から「にぎやかな図書館」となり、学習者が主体的に学ぶ場所へと変身しました。
 学校図書館は、これまで通り読み聞かせやブックトークなどの読書指導を通して、新刊本や長く読み継がれている本をじっくりと読むことができるような「読
書センター」機能も含めて、3つの機能を活かして子どもたちの主体的な学びを育んでいます。

プロフィール
埼玉県公立中学校理科教員を経て、2008年社団法人全国学校図書館協議会入局。2017年公益社団法人全国学校図書館協議会理事長就任。現在に至る。

エッセイの愉しみ 全8回

第2回「雑草や樹木の味わいを」作家(仙台文学館館長)佐伯一麦(さえきかずみ)

 私が愛読してきたエッセイの名手に阿部昭がいる。阿部は『エッセーの楽しみ』という書名にまとめられたエッセイ集のあとがきで、〈巧みに活けられた切り花のような詩や小説に対して、エッセーは場所も作法もわきまえぬ雑草の花のようだ〉と記す。それに同感しつつ、さらに「雑」の字は、本来悪い意味ではなく、さまざまな草木を染色に使うと、色々な色の布が出来たことに由来していることから、私はあくまでも雑文としてのエッセイを心がけている。
 ところで、仙台文学館はみどりに囲まれており、エッセイ講座の会場となる講習室の大きく切り取られた窓からも多くの樹木が見られる。さまざまな姿形をした樹々があり、すらっと伸びた形のよい樹や、どっしりとした風格のある樹があれば、幹がちょっと曲がっていたり、枝がねじれていたりする樹もあって、それぞれに味わいがある。
 話をしながら、それらの樹々を目にしていると、詩人で小説家でもあり、味わい深いエッセイも多く残した木山捷平の、

 杉山をとほりて杉山の中に
 一本松を見出でたり
 あたりの杉に交って
 あたりの杉のやうに
 まっすぐに立ってゐるその姿
 その姿がどうもをかしかりけり

 という「杉山の松」と題された詩が思い浮かぶ。そして、受講生たちのエッセイ作品も同じだよなあ、とつくづく思わされる。
 もちろん文章が整っていて内容が面白い作品もあるが、少しぐらい文章の乱れがあっても、その人ならではの経験や観察が活かされたエッセイは、読む愉しみを与えてくれる。それは、参加者同士で読み合い、自分とは違う感想に触れることで、気づかされることも多い。

プロフィール

1959年(昭和34年)仙台市生まれ。電気工などの職業に就きながら、海燕新人賞を受賞してデビュー。『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞を受賞した後、帰郷して作家活動に専念する。『鉄塔家族』で大佛次郎賞、『ノルゲ』で野間文芸賞などを受賞。ほかに、エッセイ集『からっぽを充たす』『月を見あげて』など著書多数。2020年(令和2年)より仙台文学館館長。

図書館と私

私が考えるにぎやかな公共図書館 第2回「お話会に参加して」豊島区立中央図書館 点字指導員 松本晶子(まつもとあきこ)

 2月19日、毎週日曜に開催されている「幼児・小学生向けお話会」に、読み手として参加させていただきました。
 子どもが大好き、絵本が大好きな私は、子どもたちがまだ小さかった頃、毎晩夜寝る前に、二人の間に座って読み聞かせをして、親子で絵本を楽しみました。保育園で読み聞かせボランティアもさせていただきました。
 私には視覚障害があり、使用文字は点字になります。公立図書館における点字付き絵本の蔵書数はまだまだ少なく、親子で図書館に通って絵本を楽しむことは残念ながらできませんでした。それでも、子どもたちには多くの絵本と出会って、感性豊かに育ってほしかったので、私は「ふれあい文庫」という、大阪にある点訳絵本の製作と貸し出しをしている図書館に長年お世話になりました。また、今すぐにでも読みたい新作は、晴眼者の友人の協力を得て自作してきました。
 今回のお話会では、中央図書館の蔵書にある点字付き絵本を2タイトル選び、晴眼職員とペアを組み、私は机の上で点字を読み、晴眼職員は点字シールが貼られていない同じ絵本を子どもたちに見えるように開き、私の読みに合わせて絶妙なタイミングでページをめくっていくという形を取りました。
 最初に、参加した子どもたちに点字に触れてもらいました。「くすぐったい」「気持ちがいい」「こんなぶつぶつが読めるの?」と楽しそう!私が読み進めていくと、みんなしっかり耳を傾けて聞いてくれて、時には絵本の中に一緒に入り、喜んだり悲しんだりしていました。また、みんな食い入るように身を乗り出して、私の手を興味深く見ていたそうです。もちろん私にはその様子を見ることはできませんが、その場の温かくて心地よい空気を感じながら、幸せを噛みしめていました。
 2タイトル読み終えてみんなに感想を聞くと、「楽しかった」「面白かった」と元気に答えてくれました。
 嬉しかったのは当日だけではありません。数週間後のある朝、通勤途中の階段で、お話会に参加した一人の女の子に声をかけられました。「このあいだは楽しかったよ、ありがとう!また行くから読んでね」と。清々しい気持ちで出勤できました。
 こんなふうに図書館の本が、人と人とを繋いでくれるのですね。

プロフィール

出身地は、愛知県岡崎市。趣味は旅行、料理、マラソンや水泳などのスポーツ。筑波技術短期大学にて3療の資格を取得。その後、点字技能士と点字指導員の資格を取得し、いくつかの点字図書館で点字図書の校正や、中途視覚障害の方への点字指導など、大好きな点字に関わる業務に携わっている。また、多くの企業や教育機関から啓発に関わる機会をいただき、積極的に活動している。

生涯の一冊『生き方 人間として一番大切なこと』稲盛和夫 サンマーク出版 2004年

「経営者として 人として大切なこと」にじいろ図書館館長(豊島区立清和小学校長)酒井由江(さかいよしえ)

 私は、週に1回は本屋さんに行きます。ネットで本を購入する便利さも実感しますが、実際に本を見たり手に取ったりできる本屋さんは、「おもしろそう…」と確かめられるところが好きな点です。美しいデザインや配色が素敵な表紙に出会うと、見るだけでわくわくします。
 生涯の一冊は、稲盛和夫さんの『生き方』です。まだ管理職になる前のことです。研修の帰りに書店で雑誌プレジデントを(先輩から勧められて)パラパラめくっていると、稲盛和夫さんの記事が目にとまりました。会社経営や人事のことが書かれており、経営者としての揺るぎない信念が活字の中から伝わってきました。この人はどんな人生を歩んで、どのように会社を経営してきたのかと気になり『アメーバ経営』『ガキの自叙伝』『稲盛和夫の哲学』を続けて読みました。その中で『生き方』(「JAL 奇跡の再生の礎となった実践哲学」と帯に書かれていました。)は、最も私の心を揺さぶった本でした。
 「自分がなすべき仕事に没頭し工夫をこらし努力を重ねていく。それは与えられた今日という一日、今という一瞬を大切に生きることにつながる。そのことが魂を磨き高める。利益をあげることだけでなく人を育てることが会社を大きく成長させることになる。」稲盛さんが若い頃から幾度と挫折を味わい「絶対乗り越えてみせる」と思い続け、心を燃やし続けていたことが成功につながったという内容が書かれた本でした。「どうしたらこんなに強い心を持ち続けられるのだろう。」と当時の私は不思議でたまりませんでした。
 実際に管理職になり、稲盛さんが書かれたことが分かる場面に遭遇することが何度もありました。学校をマネジメントすることも同じだと感じました。校長として信念をもち、深い愛情で学校経営をすることや教育に心を燃やし続けることは、子どもや保護者、そして教職員もしあわせにすることにつながります。『生き方』は経営者として人として大切なことを熱く私に教えてくれた大切な一冊です。

プロフィール

1989年から現在まで、東京都の教員として勤務。豊島区には、2009年から勤務。2019年より現職。富士見台小学校で図書館改修に関わる。現任校では、豊島区教育委員会研究開発指定校として「自分の考えをもち、表現する児童の育成~地域図書館と学校図書館の活用を通して~」を研究主題として取り組んでいる。

この本カフェ

寄稿者はとしまコミュニティ大学で登録して学んでいる「マナビト生」です。マナビトゼミ担当講師の佐藤壮広氏の監修のもと、毎回テーマに合わせて文学、児童書、科学や評論などの分野のお薦め本を紹介しています。

32杯目「デジタル」

野村総合研究所は、現代を情報・データの付加価値を売りにする「デジタル資本主義」の時代だと位置づけている(『デジタル資本主義』東洋経済新報社)。デジタルは技術であると同時に価値であるという点は、しっかり認識しておきたいもの。

 

書名『世界史の針が巻き戻るとき 「新しい実在論」は世界をどう見ているか』マルクス・ガブリエル/著 大野和基/訳 PHP研究所 2020年2月

 従来、人間の主な行動規範は哲学・宗教・法律の3つだった。現代社会はこれに「デジタルデータ」が加わったことで、人々の日々の言動はビッグデータとして集積されアルゴリズムによって管理可能な世界が出現した。そこでは宗教的教義や法の条文も一つのデフォルトとして処理される。そのような状況の中、唯一哲学だけが対象を批判的に受け止め、問いを立て、自ら考えるための方法論といえる。本書はその哲学的思考態度を学ぶための好著である。【今井久夫(いまいひさお)】

 

書名『メタ産業革命 メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる』小宮昌人/著 日経BP 2022年10月

 本書は、世界中で注目されているデジタルツインとメタバースについて、様々な産業や社会での具体的な事例を紹介し、その先進性について解説しています。アバターの仮想市場への出店で「楽しさ」を感じる店づくり、建設業のデジタルツインによる施工現場と施工モデルの同期化、ドローンや衛星データを活用した農場のデジタルツインなど、じっくり見るよりまずやるを切口に、新しい産業革命例を展開する興味深い内容です。出版直後に話題となった大規模言語モデルの応用例ChatGPTが、次の革命となるか。【谷津行穗(たにつゆきお)】

 

書名『おネコさま御一行 れんげ荘物語』群ようこ/著 角川春樹事務所 2022年1月

 れんげ荘には、年代の違う3人の女性が、それぞれの事情を抱えて住んでいます。50代後半無職のキョウコは、母亡き後の実家の兄と兄嫁から、同居を勧められますが、気乗りのがしません。そんなキョウコに、兄の意外な一面を知ることになる、同居を阻む朗報が届きます!
 独り暮らしを癒やす手段は、「デジタル」にあり。動物動画や画像を喜んで見ているのは、中高年が多いとか。幾つになっても「推し画像」は、生きる元気を与えてくれます。【砂塚寛子(すなづかひろこ)】

古典文学講座「源氏物語と仏教」全4回

 一度はどこかで触れたことがある『源氏物語』。あなたは、いつ・どこで出会いましたか?
「仏教」の視点から『源氏物語』を読み解く中央図書館の古典文学講座を開催してきた講師が、あらゆる世代が物語を愉しめる方法をお届けします。もう一度、世界文学の奇跡とも言われる54帖を手にとってみてはいかがですか?全4回の連載です。

第2回「「源氏力」を高める仏教知識」大正大学名誉教授 大場朗(おおばあきら)

 今回は「源氏力」について私見を述べたいと思います。「源氏力」という用語は『寂聴と磨く「源氏力」全五十四帖一気読み!』(集英社新書)から拝借したもので、ここでは大場流に使わせていただきます。
 私は以前、源氏講座の募集チラシに「『源氏物語』には数々の名場面があり、読者を感動へと導いてくれますが、そのような場面には、必ずといっていいほど
仏教の思想や信仰が深く関わり、作品に奥行きをもたらし、豊かなものにしています」と記したことがあります。仏教は「生老病死」の四苦を説き、人間の苦悩を直視します。ですから、『源氏物語』を読解し鑑賞するためには当時の仏教思想や信仰を理解することが極めて重要となります。
 好例を一つ紹介したいと思います。葵巻に、急逝した正妻葵の上を源氏が哀悼しているくだりがあります。夕霧誕生という慶事に加え、葵の上への愛情が深まっていた時だけに、源氏の悲嘆は深いものでありました。源氏は葵の上の火葬を終え、哀悼の一首を詠じています。左大臣邸に帰った源氏は、まどろむこともなく追憶の中でさらに一首の哀傷歌を独詠、そして経文を念誦して「法界三昧普賢大士」と唱えています。さて、ここでなにゆえ源氏がこの文言を唱えたのかが問題となります。というのは、この場面から判断すれば、極楽往生を祈念して「阿弥陀仏」と唱えた方が自然であるように思われます。しかし、普賢菩薩に対する祈りの内容やこの文言を誦した源氏の葵の上に対する心理などについてはほとんど語られていません。おそらく当時の源氏の読者にとっては説明する必要はなかったものと考えられます。ですが、現代の読者にはその理由が全くわかりません。私たちは、源氏がどんな思いで「法界三昧普賢大士」と唱えたかを知りたいところです。複数の学者の研究書を調べてみても全く言及されておりません。そこで当時の普賢信仰を調べてみると、普賢菩薩が地獄に落ちる人に付き添って、地獄での苦しみをその人に代わって受けて救ってくださり、阿弥陀の浄土に往生させてくれるという信仰があったことが、ある歌人の歌の詞書から判明するのであります。そうしますと、「法界三昧普賢大士」とその名を、源氏が唱えることで、葵の上が死後一人で赴かなければならない死出の山路や地獄の世界まで思いやり、その孤独と恐怖・苦しさが軽減されるように祈り、極楽浄土への往生を祈願していることが明らかになるのです。これまでの研究では普賢菩薩の思想と信仰が不明だったため、葵の上を深く思いやる源氏の祈りの内容がわからなかったのです。このように、当時の仏教の思想信仰を介在させないと、源氏の葵の上を思いやる感動的な祈りが理解できないのです。「源氏力」を高める知識として仏教理解を重視する所以です。なお、この説は最新の研究成果を紹介した岩波文庫『源氏物語(二)』の左注に紹介されています。

プロフィール

大正大学名誉教授、日本文学科非常勤講師。博士(文学)、専門分野は中古・中世文学と仏教思想の関係。特に源氏物語・宝物集・西行などを研究している。大正大学オープンカレッジ、朝日カルチャーセンター横浜、茨城県弘道館アカデミー県民大学などの講師をつとめる。

文学講座「読んで観る!映像・舞台原作の世界」全4回

「本」と「映像」あなたは、どちらを先に手にとりますか?
劇場と一体化した文化発信拠点である中央図書館では、映像や舞台作品と、それらの原作の世界を所蔵本とともに親しむ講座を開催してきました。今年はそれを「文字」でお届けします。全4回の連載です。

第2回「未知の物語との出会い」立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教 後藤隆基(ごとうりゅうき)

 子どもの頃から大の本好き、読書好き……というわけではなかった。両親が国語と日本史を高校で教えていたこともあってか、家には本が多かったのだが、ほとんど手にとらなかったのではないか。『芥川龍之介全集』や『柳田國男全集』の外箱に、幼な子の落書きがいまもそのまま残っている。
 とはいえ、まったく本を読まなかったわけではなかった、とおもう。多分に言い訳がましいけれど。ただし、祖父母の家にあった手塚治虫や長谷川町子、水島新司のほうが記憶に鮮明で、長じても折にふれて読み返していたから、そのあたりの読書事情は推して知るべしと我ながら苦笑を禁じえない。
 だから、まさか自分が「文学」の博士号を取得し、現在のような仕事に就くとは夢にもおもわなかった。いま、周囲のいわゆる「同業者」とくらべても、圧倒的に読書量の少ない身が心細くてたまらない。
 ただ、こんな仕事をしているからこそ、ふだんなら読む機会のなかった本や作家に出会えることも多い。とりわけ豊島区立中央図書館での文学講座は、未知との遭遇のきっかけを与えてくれる貴重な場であった。
 たとえば、新海誠監督のアニメ映画の小説版『君の名は。』(角川文庫、2016年)が思い出される。著者は新海誠。映画の「原作小説」という紹介もあるが、脚本完成後に執筆されており、文庫のあとがきには「映画のノベライズ」「どちらが原作なのかと問われると微妙なところ」などとある。とくに、主人公たちの
一人称で語られる文体が、小説だからこその表現になっていて、映画版との違いとして作品の観方/読み方に多角的な視点を与えてくれた。
 「君の名は」というタイトルは、おそらく多くの人がそうであったように、戦後に大ヒットしたラジオドラマ『君の名は』(NHKラジオ、1952~54年)を想起させた。時空をこえた「男女のすれ違いの恋物語」として、ふたつの「君の名は」には共通点を見いだせるだろう――などと、半ば無理やりに屁理屈をひねり出していた。思えば、今年は『君の名は』の作者である菊田一夫の没後50年だ。そんなことが、ふと頭をよぎる。
 それまで新海作品のよき観客ではなかった私が『君の名は。』を読み、観て、さまざまに思索をめぐらすことになったのは、ひとえに、図書館の文学講座を当時ご担当いただいていた方の提案による。その後も、新海作品が上映されれば観るようになったのだから、影響はきわめて大きかった。物語との出会いは偶然の衣をまといながら、いつでも機会を待っている。そんな気がしてならない。

プロフィール

立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教。1981年(昭和56年)静岡県生まれ。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代日本演劇・文学・文化。著書に『高安月郊研究――明治期京阪演劇の革新者』(晃洋書房、2018)、編著に『ロスト・イン・パンデミック――失われた演劇と新たな表現の地平』(春陽堂書店、2021)、『小劇場演劇とは何か』(ひつじ書房、2022)など。

世界探訪 食と本と旅と 全4回

「食」・「本」・「旅」この3つのきりくちで、世界を旅してきたマンガ家のエッセイを全4回にわたってお届けします。
各国の食を探求し続けた先に出会ったものは…。そしてそこには必ず「本」が。

第2回「誰かの人生を乗せて、今日も列車は行く」食を旅するイラストレーター/マンガ家 織田博子(おだひろこ)

 寂寞とした大地をただひたすら、列車は進む。どこか懐かしいようなシベリア鉄道の車窓の風景にあこがれる人は多いようだ。
 そんな私も25歳の時にロシア・モスクワから、中国・北京行きの便に乗車。7泊8日、シベリア鉄道に乗り続けた。
 昼間はソファ、夜は二段ベッドになる4人部屋でロシア人、旧ソ連圏の人々と過ごす時間。観光客はほとんど見かけない。
 乗車時に軽い自己紹介を済ませると、あとはひたすら暇をつぶすのみ。何杯も入れて薄くなった紅茶のパックに牛乳を注ぎ、飲み、木と電線しか見えない車窓の風景を眺めながらのお供は「青空文庫」(著作権の消滅した作品を読むことのできるアプリ)。そこで出会ったのは放浪の作家・林芙美子。
 「私は宿命的に放浪者である」と書いた林芙美子もまた、シベリア鉄道に乗っていた。1931年11月13日、満州事変(同年9月18日発生)の真っ只中を突っ切ってハルビンに行くという波乱の旅。
 しかしそこで描かれるシベリア鉄道の風景は、ロシアのおばあさんに紙風船をプレゼントして遊んだり、背の高い青年と車窓の風景を見たり、子どもにお菓子をやったり……90年近く前も、変わらない懐かしいシベリア鉄道の風景。
 車掌さんの部屋でしょっぱいスープを飲み、ふと涙する芙美子さん。車掌さんは「トウキョウ。ママパパ」恋しいのか、と問いかける。旅情とロシア人のやさ
しさを感じるシーンは、まるで今隣の車両で繰り広げられている光景のようだ。
 

 「あたしは時計がいらないの。ワルシャワ行きの列車がピーっといったら、おきるんだよ」(『セカンドハンドの時代』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)。シベリア鉄道は、1850年代から構想され、1916年に全線開通。地元の人の足として、輸送の手段として、現在も走り続けている。戦時下でも、平和な時でも、田舎でも、都会でも、誰かの人生をのせて、ずっと走り続けている。

プロフィール
駒込在住。現地の空気感あふれるイラストやマンガが特徴。世界のおばちゃんやおじちゃん、家庭料理を描いています。著作『世界家庭料理の旅』(イースト・プレス)他多数。

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更新日:2023年7月1日