ホーム > 文化・観光・スポーツ > 生涯学習 > 図書館 > 刊行物・図書館 > 図書館通信 > 図書館通信第70号(2024年冬号)テキスト版

ここから本文です。

図書館通信第70号(2024年冬号)テキスト版

巻頭言

「平等が生み出す“にぎわい”」社会福祉法人日本点字図書館 館長 立花明彦(たちばな あけひこ)

 本欄の執筆依頼を受けたとき、1冊の図書が思い出された。『デンマークのにぎやかな公共図書館』(新評論、2010)である。「格差のない平等社会の確立」は、北欧の国々が社会政策の中心に掲げる課題である。その中で公共図書館は、情報にかかわる不平等を埋める機関として社会的に認知され、生涯学習の拠点としても住民から高い信頼を得ていて、平等・共有・セルフヘルプを実現する場所であると言う。
 著者の吉田右子氏は、2月の寒い日の図書館の風景を、人びとが次々にやって来て思い思いの場所でくつろぎ、ある人は発売されたばかりの雑誌を読み、ある人はお気に入りの作家の本に夢中。編み物をしたり、ゲームをしたりしている人がいれば、別の場所では、新米パパらしき人が子育てのコツについて講義を受けているし、また別のところでは、NPOのリーダーと市民が額をつきあわせて地域の問題を話し合っている。弁護士に法律相談をしている人もいれば、市の職員に対して税金の質問をしている人もいる、と描写する。
 同書のサブタイトルが「平等・共有・セルフヘルプ」とあるように、図書館のにぎわいと活気はこの3要素の実現がカギであり、筆者は中でも「平等」に注目する。障害は個人の問題ではなく、社会が作り出すものであり、社会との関係の中で発生するとする「障害の社会モデル」は、国連の障害者の権利条約や日本の障害者差別解消法にも組み込まれた理念である。これに基づけば図書館は、1.施設・設備の不備等の物理的な障壁、2.資料がそのままでは利用できない障壁、3.コミュニケーションがとれない障壁、4.心理的な圧迫となる障壁、をもつ。これらの障壁を取り除くことが今求められており、その実現によって取り残されていた人びとを招き入れ、平等な図書館のにぎわいを生み出すべきである。まずは図書館には障壁があることを図書館自身とその利用者皆で確認し共有する取り組みを期待したい。それは必ず新たなにぎわいを創造するのだから。

プロフィール
1961年、広島県生まれ。社会福祉法人日本点字図書館常務理事、館長。静岡県立大学短期大学部教授・学部長を歴任した後、2022年から現職に。専門は図書館情報学。

エッセイの愉しみ 全8回

第4回「三つの現実に触れる」作家(仙台文学館館長)佐伯一麦(さえき かずみ)

 エッセイにかぎらず小説を創作する場合でも、文学表現では、〈個人的現実〉〈社会的現実〉〈空想的現実〉の三つの現実を意識するようにしている。
 個人的現実は、小説の主人公やエッセイの書き手の家族や仕事、住んでいる場所、興味を持っていたり好きなこと、趣味、ペットなど、最も身近に描かれることが多い現実といえる。
 社会的現実は、戦争や不況、震災、東京オリンピックといった、社会的な出来事の現実であり、その時代の流行や世代の特徴なども含まれる。現在なら、コロナ禍や、ロシアによるウクライナ侵攻、また、暑く長かった夏や、様々なものが値上げされている経済のことも思い浮かぶ。
 そして空想的現実は、願望や想像、あるいは妄想など。他人や、動物や植物の身になって考えてみたり、あの人が振り向いてくれたら、と片思いのときの精神状態なども当てはまる。これがあると、作品に楽しさやワクワク感が増す。児童文学に多く出てくる現実とも言えるだろうか。
 作品の中では、この三つの現実を、すべて等分にバランスよく扱うということではなく、どこかで、それぞれにさり気なく、ちょっとだけでも触れることを心がけている。
 エッセイの場合、ありがちなのが、社会的現実がまるで出てこない作品で、書き手の中では明確な日時でも、読者としては、いつの時代、いつの時の話なのか、手がかりがつかめず困惑してしまう。ちらっと出てくるだけで、同じ時代を生きている気持ちにさせてくれる。
 昨年の仙台文学館のエッセイ講座では、コロナ禍の中、毎日のように体温が測られるという社会的現実の中で、高校時代に老人ホームを訪れたときに、死を前にした祖母の手の温かさが伝わってきた、という個人的な現実を、初老となった今、あのときの祖母へ思いを馳せる、という空想的現実とともに描いた受講生のエッセイが、強く心に留まった。

プロフィール

1959年(昭和34年)仙台市生まれ。電気工などの職業に就きながら、海燕新人賞を受賞してデビュー。『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞を受賞した後、帰郷して作家活動に専念する。『鉄塔家族』で大佛次郎賞、『ノルゲ』で野間文芸賞などを受賞。ほかに、エッセイ集『からっぽを充たす』『月を見あげて』など著書多数。2020年(令和2年)より仙台文学館館長。

図書館と私

私が考えるにぎやかな公共図書館 最終回「図書館でマンガに出会う豊かさ」一般社団法人マンガナイト 三崎絵美(みさき えみ)

 「マンガの聖地としま」の豊島区はマンガについての活動が盛んですね。豊島区立の図書館でも、トキワ荘コーナーがある中央図書館、横山光輝先生の作品が充実した千早図書館など、特色のあるコレクションがされているのを知った時、「おお!」と嬉しくなりました。さらには過去だけでなく、いまどきのマンガも受入れされているのもより一層、嬉しいポイントです。
 マンガは「娯楽にすぎない」「マンガなんて」と言われた時代がありましたが、いまでは世界中にマンガの愛読者がいることはよく知られるようになり、各地の大学でもマンガを描くのみならず、研究する学部もできています。マンガは娯楽から、広くみんなに親しまれる文化になり、そして学問として研究される対象になっています。
 こんなに皆に浸透し、多くの作品があるマンガですから、どれを読もう?何かおもしろいマンガあるかな?と迷ってしまう人もいるのではないでしょうか。そんなとき、往年の名作からいまどきの作品までラインナップをそろえている公共図書館があるというのは、なんと心強いことでしょう!また、ひとときの楽しさを求めてページを開いたり、じっくり作品と向き合ったり、他の作品と見比べたり……資料の利用の仕方は多彩です。豊島区の図書館ではそれに応えることができるよう地域に根差した資料としてマンガを保存し、一方で新しい作品にも目配りをして、時流を読みながら図書館に置くマンガを選んでこられた司書さんの力を感じます。
 さまざまな年代のいろいろなマンガ作品に触れるのは、楽しい読書体験であるとともに、幅広い感性と、時代や国を越えて「おもしろい!」と共感できる力を得られるチャンスでもあります。マンガ本を開いてみれば、コマから飛び出そうな勢いの絵や、悲喜こもごものストーリーが待ち受けています。にぎやかなマンガを図書館で、また街中で楽しめる豊かさをめいっぱい堪能したいと思います。

プロフィール

司書として公共図書館やマンガの専門図書館に勤務後、現在はトキワ荘通り昭和レトロ館1階のマンガと学びの施設「マンガピット」を運営する一般財団法人マンガナイトに所属。

生涯の一冊『かがみの孤城』辻村深月/著 ポプラ社 2017年

「苦悩するすべての人に」日本大学理工学部航空宇宙工学科2年 川上泰成(かわかみ たいせい)

 主人公の「こころ」は、中学校に入学した直後、クラスメイトから嫌がらせを受け、不登校になりました。居場所を無くし、日々さ迷っていました。ある日、光る鏡に吸い込まれたこころは、“孤城”と呼ばれる場所に招かれ、そこで自分と似た問題を抱えた仲間達と出会いました。願いを叶えるため、彼らとの冒険が始まります。それはこころにどのような影響を与えるのでしょうか。
 作者の辻村深月さんは、自身も小中学時代、学校を楽しいとは思えず「友達がいない」と見られることを恥ずかしく思っていたそうです。そんなつらくてなんとか通っている学生時代の経験が作品にも反映されています。だからこそ、私も、共感出来たのだと思います。
 私も中学一年生の頃、部活動内でのトラブルと顧問との不和が原因で、不登校になりました。当時の思いや、それを乗り越えた現在だからこそ思うこと。それらすべてが記されているように感じた一冊です。
 不登校の時、私はアイデンティティを失い、自身を見失っていました。担任の先生に導かれ学校に行けるようになりました。それでも元来の自分には戻れず、自信が持てずにいました。高校生になり、新しく好きなことが見つかりました。好きなことが得意なことになりました。そして新しい友人ができました。新しい居場所ができ、新しい自分を知りました。時が経つと共に、胸に空いた大きすぎる穴が少しずつ塞がっていきました。
 今の自分があるのは、当時の先生や友達、そして両親のおかげです。変われた事に感謝しています。私には夢があります。「悩み苦しんでいる子ども達を、支え導いていけるような教師になる。」その決意を胸に日々勉学に励んでいます。
 こころとその仲間たちの成長の物語をぜひご一読ください。

プロフィール

2024としま「はたちのつどい」企画検討会メンバー。現在、大学にて中学・高校教師を目指し、邁進中。物理の面白さを子どもに伝えたいので、理科の教員を目指しています。趣味はカラオケ、アニメ鑑賞、音楽鑑賞、読書。

この本カフェ

 寄稿者はとしまコミュニティ大学に登録して学んでいる「マナビト生」です。マナビトゼミ担当講師の佐藤壮広氏の監修のもと、毎回テーマに合わせて小説などの文学作品、絵本などの児童書、評論、実用書、エッセイ、科学に関する読み物などさまざまな分野のお薦め本を紹介しています。ぜひ図書館で借りて読んでみてください。

34杯目「にぎわい」

 古語「にぎはひ」には、「繁盛する」、「人に物を与えて豊かにさせる」などの意味がある。図書館は営利企業ではないので、人の心や知識などを豊かにするということが、図書館の主要な機能だろう。豊かさとは何か。このことを考える場としても、現代における図書館の存在意義は大きい。

 

書名『14ひきのさむいふゆ』いわむらかずお/さく 童心社 1985年11月

 風が鳴り、雪が舞う寒い冬。ストーブ燃える暖かい部屋で、きょうだい10匹のねずみの家族は何を作っているの?蒸し立てのお饅頭に、さいころコロンのとんがり帽子ゲーム。晴れたら愉快なソリ滑り。あれ、さっちゃんはどこ?
 40周年を迎えた「14ひきシリーズ」は全12作。オールカラーの優しいタッチで原風景を映しだし、冷え冷えする日に心をほっこり温めてくれる絵本です。【水埜 多喜子(みずの たきこ)】

 

書名『音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉―』岡田 暁生/著 中央公論新社 2009年6月

 「音楽は聴く人に与えるもの」―これは演奏者側の心構え。
 では聴く側の心構えとは何か?このようなことを考えもしなかった者にとって、この本はまさに目から鱗。読書と同じように、人に話すことを想定して音楽を聴くことが先ずは大切。皆で音楽体験を共有して心を通い合わせ、音楽の最高の喜びを語るために、語彙を身に付けることも必要。
 本当に聴き上手になるには、音楽を奏でる側に回るべしと、レッスンに通い始めてみる。音楽を「する」「聴く」「語る」が三位一体となった音楽共同体を生成するための心強いヒントを与えてくれる一冊である。【久保田 仁(くぼた じん)】

 

書名『100均資本主義―脱成長社会「幸せな暮らし」のつかみ方―』郭 洋春/著 プレジデント社 2022年12月

 2023年2月に池袋の百貨店内に開業した100均ショップのにぎわいを見ていると、小売業の世代交代が予見される。経済学者の著者は、デフレ下の1990年代に出現・急拡大した100均ビジネスモデルを7つの視点から分析し、薄利多売ではない高収益モデルとして評価する。そして100均ショップ出現の背景に、デフレではない<物欲の無い縮小均衡社会(Dのない社会)>へ移行する日本を見出し、「100均資本主義日本」の新たなる姿を展望する。【沼田 篤(ぬまた あつし)】

古典文学講座「源氏物語と仏教」全4回

一度はどこかで触れたことがある『源氏物語』。あなたは、いつ・どこで出会いましたか?
「仏教」の視点から『源氏物語』を読み解く中央図書館の古典文学講座を開催してきた講師が、あらゆる世代が物語を愉しめる方法をお届けします。もう一度、世界文学の奇跡とも言われる54帖を手にとってみてはいかがですか?全4回の連載です。

最終回「『源氏物語』と『法華経』」大正大学名誉教授 大場朗(おおば あきら)

 最終回は『源氏物語』と『法華経(妙法蓮華経)』の関係について説明をしたいと思います。
 『法華経』は日本仏教で殊のほか注目された経典の一つです。そのため日本文化にも多大な影響を与え、その歴史も長いものとなっています。坂本幸男氏は、両者の関係について、「日本思想史及び文化史を論ずる場合、『法華経』を除外しては全くその意義を失うことになるであろう」と述べておられます(『法華経』下 岩波文庫 解説)。
 当然『源氏物語』も大きな影響を受けています。少し古い研究になりますが、それによると54帖中に確認できる『法華経』の影響箇所は30例であると報告しています(高木宗監『源氏物語における仏教故事の研究』)。氏は作品中に影響を及ぼした経典名を43指摘されていますが、その中でも『法華経』がダントツで、二番目の経典は『観無量寿経』で6例となっています。『法華経』がいかに群を抜いているかが理解できるのではないでしょうか。
 私は作者が『法華経』を紐解いていたのではないかと想像しています。といいますのは、『紫式部日記』の作者晩年の記述に、「としもはた、よきほどになりもてまかる。いたうこれより老いほれて、はた目暗うて経よまず、…」(年も出家するのに適切な頃になっています。今よりもたいそう老いぼれて、また目がかすんでしまってお経も読めず)という一節があるからです。式部は視力が落ちて経典が読めなくなることを心配しています。経典を読むことへの執念みたいなものを感じます。
 さて、『法華経』の引用の仕方ですが、経文の文言や訓読を利用した引用から、経文に展開された教理を咀嚼して巧みに援用したものまで多様です。ここでは、字数の制限もあるので、短いながら絶妙な引用を紹介します。

 それは、この講座でも言及した若紫巻の「優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそうつらね と聞こえたまへば、ほほ笑みて、「時ありて一たび開くなるはかたかなるものを」とのたまふ」という北山の僧都の和歌と源氏の対応の言葉です。この箇所は「わらは病み」から回復し大人へと成長した光源氏を、「優曇華」を持ち出して讃えたくだりとなっています。優曇華が三千年に一度咲く花で、そのときは仏陀または理想的な王者が出現するといいます。『法華経』では巻1「方便品」に「仏、舎利弗ニ告グ。是ノ如キ妙法ハ、諸仏如来、時ニ乃チ之ヲ説ク。優曇鉢華ノ時ニ一タビ現ズルガ如キノミト」とあり、それを踏まえた表現であるとされています。優曇華が有する仏典上の意味内容を見事に援用しながら源氏の稀有の美しさや、以後物語で展開され到達する栄華の絶頂への伏線となっています。
 優曇華のことは多くの平安貴族が、法文授受の場や法会の講経・聴聞の場で耳にした文言でよく知られていたと推察されます。しかし、単に知っているのと、それを物語上で展開できるのでは大きな差があるといえましょう。

プロフィール

大正大学名誉教授、日本文学科非常勤講師。博士(文学)、専門分野は中古・中世文学と仏教思想の関係。特に源氏物語・宝物集・西行などを研究している。大正大学オープンカレッジ、朝日カルチャーセンター横浜、茨城県弘道館アカデミー県民大学などの講師をつとめる。

文学講座「読んで観る!映像・舞台原作の世界」全4回

「本」と「映像」あなたは、どちらを先に手にとりますか?
劇場と一体化した文化発信拠点である中央図書館では、映像や舞台作品と、それらの原作の世界を所蔵本とともに親しむ講座を開催してきました。今年はそれを「文字」でお届けします。全4回の連載です。

最終回「世界にひろがる乱歩」立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教 後藤隆基(ごとう りゅうき)

 ふと、大和和紀の『はいからさんが通る』を読み返していた。
 出版社で働くことになったヒロインの紅緒が初めて原稿をとりに行く先は怪奇を絵に描いたような邸宅で、総白髪、血走った眼、吸血鬼然とした風采の作家が現れる。名前は江戸川端散歩先生。その御作は「廃人二十面相」という。
 モデルは……と野暮を承知で説明すれば、日本の探偵小説をリードした作家の江戸川乱歩(本名・平井太郎。1894~1965)である。
 メインキャラクターではないし、ただのダジャレじゃないかといわれれば、それまでのこと。しかし、パロディは元ネタがわからなければ用をなさない。江戸川端散歩の描写には乱歩的なるイメージが顕著に投影されている。白昼から真っ暗な土蔵や閉めきった部屋にこもり蠟燭の灯下で原稿を執筆していた――という有名な伝説や、幻想怪奇趣味的な作風から想起されたものでもあろうが、こんなところにまで登場するのかと、改めて乱歩という存在の影響力に驚かされる。
 関東大震災後に巻き起こったモダニズムの時代、乱歩は変貌する都市や風俗を描き、その空気を呼吸する多種多彩なキャラクターを紙上に躍らせた。そうした小説群は、多くの表現者の想像力/創造力を刺激し、今日にいたるまで、映画、演劇、ラジオ・テレビドラマ、漫画、アニメなど、じつにたくさんの翻案作品が世に送り出されてきた。
 今ならさしずめ『名探偵コナン』が大ベテランの筆頭格、くわえて『文豪ストレイドッグス』と『文豪とアルケミスト』が(乱歩に限った話ではないが)アダプテーションの多彩とともに、乱歩への入り口をひろげている。
 乱歩自身、そうした二次創作には、きわめて寛容だったようだ。
 たとえば、昭和初期に「黒手組」や「陰獣」が歌舞伎化されたときには、相手が小納戸容の筆名で探偵小説も手がけた二代目市川小太夫だったこともあってか、原作を冒しても舞台が生きるようにしてほしいと、自由な改変を認めている。
 三島由紀夫が戯曲に脚色した「黒蜥蜴」(1962年初演)について、乱歩は「小説よりもおもしろい」と賞賛したらしい。舞台化という変奏をきっかけに原作の評価が高まった一例であろう。
 さしあたって演劇に的を絞り、時代を下ってみると、2008年11月の国立劇場で、九代目松本幸四郎(現・二代目白鸚)、七代目市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)が「人間豹」を歌舞伎化した『江戸宵闇妖鉤爪―明智小五郎と人間豹―』があった。当時の染五郎が長年構想をあたためていたという〈乱歩歌舞伎〉は2011年1月に大阪松竹座で再演され、今年2月の博多座で再々演の機会を得た。今回は、当代の幸四郎が明智、八代目市川染五郎が神谷芳之助と恩田乱学の二役を勤める(演出は、劇団新派で『黒蜥蜴』の脚色・演出を担当した齋藤雅文)。
 時には乱歩自身が物語化される。2023年1月から2月にかけて、若き日の平井太郎をテレビドラマ化した『探偵ロマンス』(NHK、全4回)も話題を呼んだ。
 2024年は乱歩生誕130年にあたる。昨年は作家デビュー100年、来年は没後60年と、メモリアルが続く。乱歩やその小説は、長きにわたって、新たな創作の源泉でありつづけている。
 乱歩は世界にひらかれており、乱歩がひらく世界は光陰を拡散する万華鏡のごときものである。乱歩という経糸に、どのような趣向を緯糸として織りこむのか。
 結果うまれる作品を、他ならぬ乱歩が、誰よりも楽しみにしているのかもしれない。

プロフィール

立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教。1981年(昭和56年)静岡県生まれ。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代日本演劇・文学・文化。著書に『高安月郊研究――明治期京阪演劇の革新者』(晃洋書房、2018)、編著に『ロスト・イン・パンデミック――失われた演劇と新たな表現の地平』(春陽堂書店、2021)、『小劇場演劇とは何か』(ひつじ書房、2022)など。

世界探訪 食と本と旅と 全4回

「食」・「本」・「旅」この3つのきりくちで、世界を旅してきたマンガ家のエッセイを全4回にわたってお届けします。
各国の食を探求し続けた先に出会ったものは…。そしてそこには必ず「本」が。

最終回「旅の中で輝く『ふつうのくらし』」食を旅するイラストレーター/マンガ家 織田博子(おだ ひろこ)

 旅は人を丸裸にする。子どものように些細なことに感動し、見慣れぬ食べ物を喜んで食べ、異国の風景に沈む夕日に感激する…。
 普段背負っているたくさんの文脈から解き放たれて、自分そのものになるような感覚が、旅の中にはある。
 

 著者の高峰秀子といえば昭和の大女優…とはいえ「昔の映画に出ていた明るい女優」くらいの印象しかなかった私は、『わたしの渡世日記』を読んでびっくりした。
 生まれてすぐに養女に出され、ひょんなことから子役になり、激務に耐え、稼ぐお金に心狂わす親族や大人たちに翻弄され、戦争に青春を送る。華々しい女優業の印象とはかけ離れた壮絶な人生を歩んできた人だった。
 人気絶頂のさなかで「どこでもいいんです、日本以外のところから」と叫び、単身パリへと渡る。昭和26年のパリへの旅路はプロペラ機で、沖縄、香港、バンコク、カルカッタ、カラチ、ベイルート、ブリュッセル、パリと各駅停車で進む。30時間かけた旅路で、「私はいまや、スターでも有名人でもない。(中略)単なる27歳の日本人でしかなかった」と気づく。
 パリに到着して、古ぼけたアパルトマンで過ごし、動物園でアイスクリームを食べ、部屋にはったクモの巣を払いに箒を買いに行き、お米を飯盒で炊いて失敗する…子どものころから仕事や大人に翻弄され、小学校も卒業できなかった高峰が、一つ一つ「ふつうの人のくらし」を取り戻していくパリでの日々。ひとりパリの夕陽を見て「寂しい」と思った27歳の自分を、50歳の高峰は心の中に大切に持っていた。
 

 旅は人を丸裸にする。自分そのものに戻った時、あんがい人がやることは「ご飯を食べ、人と話し、寝る」だったりする。私もウズベキスタンのバザールですいかを買い、シベリア鉄道でミルクティーをすすりながら同乗者と話し、バングラデシュの田舎の蚊帳の中で眠った。そのなんでもないことが、一つ一つ心の中に残る宝物になっている。そしてその宝物は、旅を終えた後も、自分の人生をキラキラと輝かせてくれる。
 

 全4回の連載を読んでくださり、ありがとうございました。食と本と旅が、読んでくださった方の人生を彩ってくれたら嬉しいなと思います。

プロフィール
駒込在住。現地の空気感あふれるイラストやマンガが特徴。世界のおばちゃんやおじちゃん、家庭料理を描いています。著作『世界家庭料理の旅』(イースト・プレス)他多数。

図書館通信

図書館通信のトップページに移動します。

お問い合わせ

図書館課サービス基盤グループ

電話番号:03-3983-7861

更新日:2024年1月5日