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図書館通信第74号(2025年冬号)テキスト版

巻頭言

「サンシャインシティ 絵本の森」 株式会社サンシャインシティ コミュニケーション部長 原田 淳輔(はらだ じゅんすけ)

 サンシャインシティでは「絵本の森」という企画を通年で展開しています。「絵本の森」企画が誕生したのは2021年11月。「サンシャインシティファミリープロジェクト」という、ご家族がより安心して過ごしていただける施設を目指したプロジェクトのもと、子どもも大人も親しみのある「絵本」を切り口とした企画を開始しました。家族団らんの時間を過ごせるよう、また新たな好奇心が芽吹き育ってほしいという想いをもとに立上げた企画であり、その想いを体現する象徴的な場としてサンシャインシティの中に「絵本のひろば」という空間をつくりました。この「絵本のひろば」はお子さま優先エリアとして、大画面のテレビ絵本にて読み聞かせ作品を毎日放映している他、絵本棚を設置しており、施設へ遊びにきてくださったお客様が親子で絵本を楽しんでいただく憩いの場所として機能しています。またこの場では、豊島区立図書館司書の皆様にご協力いただき、定期的に読み聞かせを実施しています。今後も継続して豊島区立図書館と連携させていただき絵本の楽しみ方を学べる場として、地域貢献にも繋げたいと考えています。

 またSDGsの観点から各御家庭で不要になった絵本を館内や各イベントで回収する取組みも行っています。ご家庭で大切にしていた絵本を必要な方に差し上げたい想いと、絵本を子どもに読ませてあげたいという想いを繋げられるように始まった施策です。集まった絵本は1冊ずつ消毒し館内外で行っているプレゼント会でお客様に無料配布し、どんどん次の世代へ渡っています。このような活動も通してたくさんのご家庭に絵本に触れてもらえる機会も創出しています。

 年代だけでなく言葉の壁までをも超えて豊かなコミュニケーションを生み、楽しむことのできる絵本の魅力を日々お客様の姿を通し、私たち自身も強く実感しながら企画を運営しています。今後も絵本の持つ多様な力を活かしながら、多くのご家族に豊かな時間と思い出を作っていただけるような、温かみのある企画を継続できるよう努めてまいります。

 

プロフィール

1971年(昭和46年)東京都生まれ。1995年(平成7年)株式会社サンシャインシティに入社。宣伝・広報・イベント企画業務等を経験し、2022年(令和4年)より現職。絵本・本が好きな小学3年生男子の父でもある。

 

エッセイの愉しみ 全8回

最終回「愛読した『エリア随筆』」作家(仙台文学館館長)佐伯 一麦(さえき かずみ)

 連載もこれで最後となるので、私が愛読したイギリスのエッセイストであるチャールズ・ラムについて語ってみたい。

 ラムは、一七七五年に法学院の執事の子供として生まれ、秀才として認められながら、家庭の事情と吃音であることから大学進学をあきらめて、東インド会社の事務員として三十余年働きながら文筆活動を行った。この間には、姉が狂気の発作中に母親を刺殺するという惨事が起こり、以後ラムは姉の保護者として一生独身のまま彼女と同居して面倒を見た。

 作家の庄野潤三氏が、〈狂瀾の中に身を投じて美を求めないからと云って、これらのエッセイストを咎めることは誰にも出来ない。静かに生きることは、それほどやさしいことではないからだ〉〈病気の姉の看護のために一生結婚せず、お互いにいたわり合いながら暮したラムの生活は、そのことを如実に物語っている。息をつめるようにして絶えず用心していても、人は必ずしも平安に生きられるものではない〉〈そうして、何といっても当たり前のことほど難しいものはないのである〉(「文学を志す人々へ」)と語っており、同感の至りである。

 『エリア随筆』のなかの「ドリームチルドレン(夢の子供たち)」のこんな言葉は、平明でありながら、言いようのない不思議な思いへと私たちをいざなう。〈私たちはアリスの子供でも、あなたの子供でもないのです。子供というものではないのです。〉〈私たちは無。無よりも実のないもの、夢です。〉

 そんなラムの足跡を辿って、ロンドンのテムズ川近くのラムの生地であるテンプル(法学院)を歩いたことがある。

 構内のプラタナスの大木が、黄葉して大きな果球をぶら下げているのを見上げながら、幼少期のラムも、この樹を眺めたことだろうか、と想像し、それから、はや秋冷を帯びている秋風が、テムズに小波を立てるのを眺めては、堅実な生活人でありながら酔っぱらって管を巻く飲んだくれだったというラムを偲んだことだった。

 

プロフィール

1959年仙台市生まれ。首都圏で電気工などの職業に就きながら、海燕新人賞を受賞してデビュー。『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞を受賞した後、帰郷して作家活動に専念する。『鉄塔家族』で大佛次郎賞、『ノルゲ』で野間文芸賞などを受賞。ほかに、エッセイ集『からっぽを充たす』『月を見あげて』など著書多数。2020年より仙台文学館館長

 

後藤先生の文学講座「乱歩からひろがる世界」

2024年に生誕130周年を迎える江戸川乱歩。その作品は時代を超え多くの表現者を刺激し続け、今や国内のあらゆるものに伝播しています。乱歩からひろがる世界を全4回の連載でご紹介します。

最終回「映像化される乱歩」立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター特定課題研究員 後藤 隆基(ごとう りゅうき)

 乱歩の小説が初めて映像化されたのは1927年、直木三十五が主宰していた聯合映画芸術家協会による『一寸法師』(志波西果監督)である。前年12月から約3か月間、東京大阪の朝日新聞に連載した同題の小説を原作にしたもので、舞踊家の石井漠が明智小五郎を演じ、一寸法師役に九州の活弁士で栗山茶迷――「顔だけは大人で背の高さは三尺ちょっとという本物の小人」(『探偵小説四十年』桃源社、1961年)を探し出してきたらしい。

「出来上った映画を見ると、志波西果君、前半のフラッシュ・バックなど、なかなか味をやっているのだが、例の直木式で、費用がまるで乏しいものだから、俳優が出て来なかったりして、原作が拙いのはともかく、映画そのものも思うようには出来ていなかった。営業成績も大して上らなかったように聞いている」(『探偵小説四十年』)と、乱歩自身の感触は芳しくなかったようだ。

 しかし、その後、時代が下るにつれて、映画は大衆娯楽として絶大な人気を得、乱歩作品も続々と映画化されていく。

 乱歩は、自前のカメラを持ち歩いて、出かけた先の風景や同行者らを撮影し、編集までこなしてしまう玄人はだしの趣味があったが、自分の小説が映画化されてロケ現場を訪れた際、そこでの様子もフィルムに収めていた。立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターが管理する16ミリフィルムのなかには、映画『少年探偵団 かぶと虫の妖奇』(小川正脚色、関川秀雄監督、東映、1957年)の映像が残っており、少年探偵団の子役たちや「巨大かぶと虫」などが映っている。レンズを通した乱歩のまなざしは、自作が映画になって新たな命を吹きこまれることを愉しんでいるようにおもえる。映画監督になりたかったという乱歩の若き日の夢も投影されていたのかもしれない。

 映画のみならず、テレビドラマやアニメでも乱歩原作の「映像」作品はじつに多い。

 ひとつひとつを挙げればキリがないが、新しいもので個人的に印象的だったのは、若き日の乱歩(=平井太郎)をドラマ化した『探偵ロマンス』(NHK、全4話、2023年)と「シリーズ江戸川乱歩短編集」(NHK、2016〜21年。現在第4弾まで放送)だ。

 とくに後者は、明智小五郎などを演じた満島ひかりの好演が光る傑作だった。第4弾の『新!少年探偵団』(2021年)は「怪人二十面相」「少年探偵団」「妖怪博士」の3作がとりあげられ、森山未來の怪人二十面相と満島の明智との対決、新しい少年探偵団の登場に心躍った。とにもかくにも満島ひかりが、自由奔放で快活、ユーモラスかつスタイリッシュな明智小五郎を造形して見事。異性装の雰囲気も乱歩的世界の創出に一役買っていた。地上波での再放送や続編の制作を期したい。

 

プロフィール

1981年静岡県生まれ。立教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代日本演劇・文学・文化。著書に『高安月郊研究――明治期京阪演劇の革新者』、『乱歩を探して』、編著に『ロスト・イン・パンデミック――失われた演劇と新たな表現の地平』、『小劇場演劇とは何か』、『石牟礼道子と〈古典〉の水脈――他者の声が響く』(共編)ほか

 

この本カフェ

 寄稿者はとしまコミュニティ大学に登録して学んでいる「マナビト生」です。マナビトゼミ担当講師の佐藤壮広氏の監修のもと、毎回テーマに合わせて小説などの文学作品、絵本などの児童書、評論、実用書、エッセイ、科学に関する読み物などさまざまな分野のお薦め本を紹介しています。ぜひ図書館で借りて読んでみてください。

38杯目「サークル」

「えん」という音が表す字は、円、縁、苑、宴などといった人の集まりやつながりを意味するものが多い。円満とは、不満や争いのない状態のこと。通貨の円も、字のごとく我々の満足や穏やかな暮らしのために使いたいもの。ところが、昨今の政治家の裏金問題は円を“怨”に変えてしまう。円の意味をよりシビアに考えるべき時が来ている。

 

書名『 円の歴史−数と自然の不思議な関係』アーネスト・ゼブロウスキー/著 松浦 俊輔/訳 河出書房新社 2000年6月

 古くから円はとても身近でした。円満、円熟、方円など、日常生活に溶け込んでいます。「ころ」を使って重い荷物を運び、「円盤」の回転数を数えて距離を測っていました。円は中心点と半径を決めれば簡単に作れるからです。

 一方、円は宇宙の構造から極微の世界までとても大事な役割を果たしています。惑星は太陽の周りを公転していますし、電子は原子核を中心に円軌道に分布しています。このような複雑な自然現象を身近な円を使って説明できるのです。本書は様々な事例を通して、この不思議な関係を解き明かしてくれます。【 清水 厚敬( しみず ひろゆき)】

 

書名『 しゃべれども しゃべれども』佐藤 多佳子/著 新潮社 1997年8月 ※版元品切れ・文庫版刊行中

 噺家の今昔亭三つ葉は、4人にしゃべり方を教えてほしいと頼まれるが、それは無理だと、落語を教えることに。

 吃音に苦しむテニスコーチ、関西弁を虐められる10歳の転校生、ふられて心を閉ざした女性、元プロ選手の野球解説者。悩みがあることだけが共通点のこの奇妙な集まりは、各自が拘りのある世界にまだ希望をもっている。

 一緒にいる時間が環になって繋がり、落語で心を通わせ自信を取り戻す4人と同時に、己を見つめ直す三つ葉。彼らのように自分と向き合っていきたいと思う。【 牧 京子( まき きょうこ)】

 

書名『 こどもかいぎ』北村 裕花/作・絵 フレーベル館 2019年9月

 保育室の片隅で、子供達が膝つき合わせ固まって何やら楽しそう。ズームアップして見ると、何と言うことでしょう!重大問題について、真剣な表情で仲間たちと大人顔負けの熱い語り合いをしているようです。

 子供たちの今回のテーマは、「怒られたときは、どうしたらいいか?」。なるほど、確かに対策はなかなか難しい。どうしたらいいのかな。思わずけんかになるような白熱した討論?のなか、最後の女の子のひと言が光ります。さて、どんな方法を提案したのでしょうか…。【 笠原 雅子( かさはら まさこ)】

 

髙木先生の古典文学講座「南総里見八犬伝の世界」

 『水滸伝』は、その名を知らない人がいないほど有名な中国の長編小説で、108人の個性的な好漢(豪傑)たちが集散離合しながら梁山泊に結集し大活躍するという話です。江戸時代に入り輸入され始めた『水滸伝』は、18世紀半ばにブームを捲き起こしました。さて、馬琴はこの『水滸伝』からどんな影響を受けていたのでしょうか。

第4回「馬琴と水滸伝」千葉大学名誉教授 髙木 元(たかぎ げん)

 中国文学史上、最初の長編小説である『水滸伝』は、新奇な小説として日本文学に多大な影響を与えました。そもそも、日本語を記述する文字(変体仮名)も、中国の漢字から派生したわけで、江戸の知識人達の中国文化に対する畏敬の念と憧れは〈中国かぶれ〉といって良いほどだったのです。この感覚は、明治以降、中国を蔑み続けてきた近代の日本人には理解し難いかもしれません。

 『水滸伝』は、宋代に流行した講釈(舌耕)を筆録して成立したもので、口語体(白話)で書かれていました。ですから、文章語(文言)で書かれた「四書五経」などの漢文訓読(語順を変えて日本語に翻訳する方法)に慣熟していた人々にとっても、俗語語彙や砕けた表現が多くて、簡単に読めるテキストではありませんでした。長崎の通詞(通訳)たちが、唐話(中国語)の習得のために単語帳(唐話辞書)などを作成しつつ、『水滸伝』を教科書として使っていたほどです。

 さらに困ったことに、『水滸伝』には複数の異板が存在していて、その本文は究めて複雑な様相を呈していました。馬琴は入手できない原本を借覧し、和刻本(覆刻)『忠義水滸伝』を買い求め、諸本の検討をしつつ『水滸伝』を読みこなし、その魅力に取り付かれたのです。また、本邦最初の翻訳『通俗忠義水滸伝』(宝暦7~寛政2年)の出来が悪かったので、より精確に理解し読み解くために、多くの資料を博捜し、長年に渉って大変な努力をしたのでした。

 馬琴が『水滸伝』を利用して最初に書いたのは、中本型読本『高尾船字文』(寛政8年)です。歌舞伎『伽羅先代萩』の世界に『水滸伝』を取り込んだ意欲作でしたが、評判になりませんでした。次に葛飾北齋と組んで絵入読本『新編水滸画伝』初編(文化2-4年)を出します。挿絵を多数入れ、原本を忠実に逐語訳した優れた本でしたが、残念ながら二編以降、馬琴は手を引いてしまいます。

 これらの経験を踏まえて書かれたのが『八犬伝』肇輯(文化11年)です。こちらは『水滸伝』の発端部などを利用した創作です。左上に示した図版は、牛に乗った笛吹き童子が伏姫に受胎告知する場面ですが、この挿絵は、右下に示した『水滸伝』の発端を踏まえたもので、当時の読者は気付いていたはずです。後半では『水滸伝』23回、31回の武松譚等を踏まえた趣向も利用しています。そもそも、8犬士が集合離散を繰り返して里見家に結集するという構想も、列伝を踏まえた群像劇である『水滸伝』に倣ったものです。好漢たちが孤児など家庭的に恵まれない点や、女性に興味を示さない点も似ています。『八犬伝』には〈浜路口説き〉を除けば、ほとんど色恋沙汰が描かれていないのです。

 その後も『水滸伝』に関する探求は継続され、文政8年には長編合巻(全丁に絵入りで平仮名で綴られた草双紙)『傾城水滸伝』が出されます。内容は『水滸伝』のままで、設定を鎌倉時代の日本に置き換えた(翻案)もので、主要人物を男女逆転するという趣向。13編(天保6)まで刊行が続きました。これが大ヒットして水滸伝ブームが起こり、一勇齋国芳の出世作とされる浮世絵シリーズ『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』(文政10年~)などが大いに売れました。また、最晩年の合巻『女郎花五色石台』(弘化5年~)でも、五色塚を暴くと白気が立ちのぼり5つの光が散じ、後に勇婦が現れるという、『水滸伝』の発端部の趣向が利用されています。

 さて、『水滸伝』の本文は、駒田信二訳の「ちくま文庫」(全8冊)や、少し古めかしい文体ですが吉川幸次郎・清水茂訳の「岩波文庫」(全10冊)などで読むことが出来ます。『八犬伝』と同様に沢山の改作や派生作が出されており、「水滸伝」と名前が付いていても、似て非なるものが大部分ですので注意が必要です。

 なお、日本における『水滸伝』の受容については、高島俊男『水滸伝と日本人』(1991、大修館書店)が詳しく、現在は「ちくま文庫」で読むことが出来ます。

 

プロフィール

千葉大学名誉教授。博士(文学)。法政大学国際日本学研究所客員研究員。幕末から明治初期を連続してとらえる視点で、日本十九世紀小説史を研究している。

 

大場先生の古典文学講座「源氏物語 登場人物の道心と祈り」

大河ドラマでも話題の『源氏物語』。学校で、テレビで、そして図書館で、あなたもきっと触れたことがあるはず。全4回の連載で、当時の仏教思想から登場人物の心情を読み解いていきます。

最終回「浮舟の道心のゆくえ」 大正大学名誉教授 大場 朗(おおば あきら)

 今回は「宇治十帖」の悲劇のヒロイン浮舟の出家・道心とそのゆくえについて私見を述べてみます。浮舟という登場人物を紹介する前に、これまでの「図書館通信」(71〜73号)「源氏物語 登場人物の道心と祈り」と74号の関係について記しておきます。簡単に述べると、71〜73号のまとめが74号になるということです。

 では、浮舟について説明します。浮舟は宇治八の宮の三女。柔和で従順で感情のこまやかな性格ですが、意志と知性に欠けるところがあります。こうした性格も原因となって、浮舟は薫の世話を受ける身でありながら、同時に、匂宮の愛をも受けてしまいました。実直な薫と情熱的な匂宮との板挟みに苦悶した末、宇治川に入水。その後、川岸の木の根元で失心していたのを横川の僧都一行に救われ、小野の山里で養われることになります。ある日、僧都が宮中の用事で下山して立ち寄ったとき、僧都に懇願して突然出家することになります。出家後、浮舟は過去の思い出をふり捨てて、念仏に励んでいましたが、小君(浮舟の弟)によって僧都の手紙がもたらされます。そこには「もともとのご縁をそこなうことのないようになさって、薫の愛執の罪を消えるようにしてさしあげなさい」とありました。しかし、浮舟は俗世の人間関係を絶縁し、阿弥陀仏にすがって、孤独に堪えて独自に生きようとします。物語はここで終わります。

 さて、ここには僧都が浮舟に還俗を勧めたか否かという興味深い問題があります。いわゆる「還俗勧奨説・非勧奨説」の二説で、現在も決着がついていません。ここでは、この問題については言及せずに、最終的に浮舟の取った行動に着目したいと思います。それは、俗世の人間関係を断ち、阿弥陀仏にすがって、信仰者として生きていこうとしていることです。ただ母親だけには会いたいと思っていますが、それも断念しています。私はここで思い起こされる一節があります。それは『清信士度人経』の一節で、訳は73号に書きました。要するに、出家の道に生きることが、母や弟、それに夫である薫への真実の恩愛に報いることになる、ということです。経文には「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」とあります。この経典は若菜巻に「流転三界中など言ふにも」と引用されています。このことから、紫式部が物語の展開の中で重視していたことが窺えます。また、この経文は天台宗で出家するときに唱える一節ともなっています。天台宗で出家した作家の瀬戸内寂聴さんも唱えたと書いています。このことから、浮舟の生き方は、出家の時に唱えた経文に沿っていたといえましょう。73号の明石入道夫妻の生き方と、さらにはお釈迦様の生き方と重なるものがあります。明石の入道夫妻もお釈迦様も恩愛(子供や家族など)を捨てて仏道に生きました。浮舟のゆくえはその延長線上で考えることも一つの方法のように思えます。ただ宗教的な解釈になってしまいますが……。

 

プロフィール

大正大学名誉教授、元文学部長。元仏教文学会代表委員。博士(文学)、専門分野は中古・中世文学と仏教思想の関係。特に源氏物語・宝物集・西行などを研究している。大正大学オープンカレッジ、朝日カルチャーセンター横浜、茨城県弘道館アカデミー県民大学などの講師をつとめる。

 

本と旅する世界交流紀行

世界を旅してきた筆者ならではの旅のエピソード満載!
本を片手に文化の違いを楽しむ連載エッセイです。

最終回「豊島区の中にある世界の国々」山手線で行く海外 文化の違いを面白がる
食を旅するイラストレーター/マンガ家 織田 博子(おだ ひろこ)

 豊島区には外国の方が多い。最も多いのは中国で、次にミャンマー、ネパール、ベトナム、韓国と続く。令和5年としまの統計によれば、約43か国の人が住んでいるのだそう。

 人が集まれば生活基盤ができてくる。食材を取り扱うお店やレストランが集結し、飛行機に乗らなくても、海外の文化を楽しむことができる。私は「山手線で行く海外」と呼んでいる。

 池袋駅北口の中華街では、道を入れば中国語が聞こえ、メニューに日本語がないことも多々ある。「ガチ中華」という言葉の通り、中国の街の定食屋に迷い込んでしまったような、旅の途中にいるような気持ちになる。

 また、37年の歴史を持つイスラム系食材の卸のお店も池袋にある。イスラム教には食の戒律があり、日本ではその戒律を満たす食材が手に入りにくいことからイスラム系スーパーが生まれた。日本をめざす同胞たちのために食のインフラを整えたオーナーさんの勇気と行動力には頭が下がる。もちろんイスラム教徒でなくても購入可能。

 バングラデシュのお正月祭りが池袋で開催され、駒込にはミャンマーの方が多く住み、アザレア通りに次々にミャンマー食材店、レストラン、カラオケが誕生している。大塚にはモスクがあり、各国のイスラム教徒が集まる。ベトナム食材屋さんがつぎつぎに開店し、池袋にはネパールの服のおしゃれなブティックも。

 ついつい大好きな豊島区のことばかり書いてしまうので、今回の本を紹介します。

 イスラム教徒で在日インドネシア人のフィカルさんが、さまざまな困難に出会いながら香川にモスクを作った記録。著者の岡内さんは、フィカルさんの人柄に魅了され、どっぷりとコミュニティにつかりながらも、第三者の目で文章を綴っていく。コロナ禍の中、たくさんの壁にぶつかりながら道なき道を走るフィカルさん。その背中から著者は学び、成長していく。

 人と人が交わる時、そこには国籍がない。同じ国の人でも悪いことをする人はいるし、言葉が全く通じなくてもあたたかい心遣いをくれる人もいる。この本は、良くも悪くも多様化する現代社会を生きるためのコツが描かれている。

 すぐ隣にある異国を、「知らないから、怖い」ではなく、「知らないから、面白い」と気持ちを切り替える。すると、見慣れた街の見慣れた景色の中に、世界の扉が隠れていることに気づく。ちょっと散歩ルートを変えるだけで、異国に行ける。そんな豊島区が面白いなと思うのです。

 

プロフィール
駒込在住。現地の空気感あふれるイラストやマンガが特徴。世界のおばちゃんやおじちゃん、家庭料理を描いています。著作『世界のおじちゃん画集』(しろいぶた書房)、『世界家庭料理の旅 おかわり』(イースト・プレス)など多数。

 

生涯の一冊『はやぶさ、そうまでして君は――生みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話』 川口 淳一郎/著 宝島社 2010年

「諦めないということ」 2025年としま「はたちのつどい」企画検討会メンバー 宮下 龍空(みやした りゅうく)

 私が5歳くらいの頃でしょうか。宇宙や人工衛星が大好きで、特に当時話題になっていた「はやぶさ」という人工衛星に強く興味を持っていました。はやぶさは、小惑星イトカワからサンプルを採取し、地球に持ち帰ることで、太陽系の起源の解明や地球と小惑星の衝突対策を目的とした小惑星探査機です。2003年にJAXAから打ち上げられ、その約七年間の宇宙の旅と、その旅を支えた研究者たちの努力がノンフィクションで描かれているのが『はやぶさ、そうまでして君は』であり著者は、はやぶさのプロジェクトマネージャーを務めた川口淳一郎氏です。

 はやぶさは7年の旅路で、エンジンの一部が故障したり、地球との通信が途絶えてしまったりと、数多くの困難に直面しながらも地球に戻ってきました。何度もトラブルが発生し、多くの関係者や世界中の人々が帰還を諦めていく中、川口氏率いるプロジェクトチームは最後まで諦めることなく、はやぶさを信じ続けました。その信念が奇跡を生み、はやぶさを帰還へと導いたのです。

 私がこの本を初めて読んだのは小学生の頃でした。難しい内容も多かったですが、どんな時でも諦めず、前を向き続けたプロジェクトチームの姿、そしてその努力に応えて奇跡を起こしたはやぶさに、とても感動し憧れを抱いたのを覚えています。あれから15年ほど経った今、もう一度この本を手に取ってみると、当時理解できなかったことも分かるようになり、改めて沢山の感動と勇気をもらいました。川口氏率いるプロジェクトチームのようにどんな困難にも諦めずに努力し、はやぶさのように周りの人に希望を与えられる存在になりたいという自分が幼少期に憧れた姿を思い出すことができました。

 この本は私が生きていく上で、自分の理想の姿や、考え方の軸を形成してくれた本だと思っています。これから長い人生を歩んでいく上でも、この本が教えてくれた初心を忘れずに日々成長していきたいと思います。

 

プロフィール

2025年としま「はたちのつどい」男子代表「誓いの言葉」役兼企画検討会メンバー。豊島区立駒込中学校卒。帝京大学理工学部在学。趣味は飼っている魚の世話

 

 

図書館通信

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電話番号:03-3983-7861

更新日:2025年1月14日